そこで、テレビを見ていたおばあさん3人とも初顔合わせをする。あらかじめ目を通していた資料を思い出そうとする。だが、緊張のため、頭が混乱している。資料で見た名前と顔が一致しない。
 団らん室の横の部屋から、糸巻きをしているおばあさんが出てきた。あ、朴頭理(パク=トウリ)おばあさんだ。この人の顔は、すぐに分かった。パクさんは、テレビを見ている李容女(イ=ヨンニョ)さん(78)と、糸をほぐし始めた。その様子を10分ほど見つめる。
 私の気分も、ようやく落ち着きはじめた。朴頭理さんと李容女さんの様子を写真に撮りはじめる。朴頭理さんは「アハハ」と歯の一本もない口を大きく開け、笑い顔となる。李さんは、別段、写真を撮られるのを嫌がる様子は見せなかった。
 
しばらくの間、いつもの調子で

 

近づいて写真を撮り続けたせいか、李さんが言った。 「あなた、何しに来たの?また、話を聞きに来たの?遅すぎるよねえ。この10年間、いろんな人が来て、毎日毎日、ずっと話をしてきたよ。もう嫌になるくらいね。苦労話ばかりさせられてきたよ。60年前に来てくれたら良かったのに、遅すぎるよ。」 その一言で、私は撮影を止めた。何も言えなくなった。また、何も聞けなくなってしまった。戦争の前線を歩いたり、ごみ捨て場周辺のスラム取材は肉体的に大変だ。だが、この「ナヌムの家」での1週間は、苦痛になりそうだな、とこの時、そんな予感がした。
 テレビがコマーシャルになる。李おばあさんは、部屋の入り口の扉を10cmほど開け、タバコを吸い始めた。李さんは、酒も好きだと聞いていた。

   


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