新型コロナウイルスの感染拡大に影響を受け、閉業を余儀なくされたビジネスが多くある中、生活必需品が買えるスーパーマーケットは休業要請の対象外でした。そして、そのスーパーの従事者は感染リスクに晒されながらも、“食の提供”といった使命感で笑顔と共に来店するお客さんを迎え入れてました。ここでは、パースで最大級の日本食品販売店でもある「不二マート(Fuji Mart)」のパース店店長の上村いずみさんにお話を伺いました。
新型コロナウイルス対策における医療従事者には多くの賛辞が贈られていますが、「エッセンシャル・ワーカー」といわれている人達にも同じく感謝のメッセージが送られています。そのエッセンシャル・ワーカーには、スーパーマーケットのスタッフも含まれますが、不特定多数と接するその仕事には大きなリスクと背中合わせでした。途絶えることはなく会計を待つ列から買い物かごを手にしたお客さんが次々とやって来て、ビニールのシールドで仕切られているとはいえ、レジカウンターに立つお店スタッフは不安と恐怖を感じながら、日々仕事に向き合っていました。
事実上、3月22日からオーストラリア国内における制限措置が施行され、社会的活動の範囲が限られる中、閉業することなく開店し続けた日本食品などを販売するスーパーマーケットの店長、上村さんに3月前後の食品の買い占めから4月以降の制限措置強化、5月以降の緩和から今に至るまでのお店での出来事、お客さんの動向やお店スタッフとどのように営業をし続けてきたのかなどをお聞きしました。
<3月からの3ヶ月を振り返って頂き、コロナ禍中でのお店やお客さん、スタッフについて不二マート(Fuji Mart)パース店の店長、上村いずみさんにお話を伺いました>
<インタビュー:2020年6月下旬>
最初に、3月に入って買い占めが激しくなった頃の状況をお聞かせ下さい。
いずみさん:「まず、お客さまが手にされたのはお米だったと思います。一人で何袋も買われる方が目立ち、お米だけ毎日、当社のホールセール部門から配達をしてもらっていました。ひどい時は朝に一回、夕方にも一回という時もありました。お電話で『お米はありますか?』という問い合わせも多かったですね」
<同社ホールセール部門のスタッフが1日2回も倉庫からお米を店舗に運び入れることもありました>
その状況下で、購入個数の制限はかけられたのですか?
いずみさん:「はい。ただ、制限をかけさせてもらっても、一度買ったお米を駐車場の車の中に置いてからまた戻ってくる方もいたり、大変でした。ちょうど、オーストラリア産米の販売が終わる時と重なった時期でもあり、そのことが拍車をかけたかもしれません」
<お米以外にも粉ものも品薄となり、個数販売制限がかけられました>
お米と同様、商品の有無に対する問合せも多かったのですか?
いずみさん:「当社パース店は、日本からの商品はフリーマントル港から入りますが、会社全体で取り扱っている商品などは一度シドニーなどを経てパースに入る商品も多く、州境が閉まったこともあり、お客さまから『次はいつ届きますか?』と聞かれても、期待に添える返事ができないことが多々ありました」
<お客さんから品薄に対してクレームを受けたこともありましたが、真摯に現状を説明して分かってもらうしかなかったと話す店長のいずみさん>
お問合せに関して、お客さんとの行き違いみたいなのもあったのですか?
「欲しい商品というのはみなさん同じだったので、なるべく多くの方に行き届くように買っていただきたいと考えていました。例えば、日本からの商品の入荷の日を考えながら、商品の在庫を確認し、お米と同様にご購入個数の制限をさせていただきましたが、中にはこちらの考えを理解していただけないお客さまもいました。しかし、それは仕方のないことだと思っています」
<同社は少しでも多くのお客さんに商品を届けたいという思いから、個数販売制限は止むを得ず呼びかけました>
その他、買い占めがあった商品はございましたか?
いずみさん:「うどんやラーメンなどの麺類のまとめ買いも目立ちましたね」
<ローカルのスーパーではパスタなどが品薄になったが、日本食販売店ではうどんやそば、インスタントラーメンが品薄になりました>
あの時期は客足も増えたのですか?
いずみさん:「そうですね。当店は、スタンプを集めて特典をご提供している“スタンプカード”のサービスを実施していますが、水曜日はスタンプ2倍の“ダブルスタンプ・デー”としています。その水曜日に、あまりにもお客さまが集中してしまい、ソーシャルディスタンスが取れなくなってしまったほどでした。なので現在も、ダブルスタンプ・デーは中止とさせて頂いております」
そのソーシャルディスタンスですが、対応策はどうされたのですか?
いずみさん:「まず、お会計の場所の床に×印を付けて、お客さまどうしが社会的距離を保てるようにしました」
<店内でのお客さんどうしのソーシャルディスタンスにも目を光らせて留意していたそうです>
では、お客さんとお店のスタッフとのソーシャルディスタンス対策は?
いずみさん:「レジでは、当店スタッフとお客さまとの社会的距離が十分保てなかったため、テーブルを置くことによって距離を取るようにしました。それでもお客さまから『この商品はどこにあるのですか?』『この商品の使い方は?』などといった質問を度々受け、近距離で話される方もいらしたので、社会的距離をとるのがかなり難しかったです。そういう時は、自分たちから距離をとるようにしていましたが、それもなかなか難しかったので、飛沫感染予防にシールドを設置しました。
<シールド設置はお客さんとスタッフの両方にとって安心感をうみました>
シールドの効果はいかがでしたか?
いずみさん:「シールドをつけたことによって、少し精神的に余裕が出たというスタッフからの感想もありました。同時に、お客さまご自身で袋詰めをしていただくようにお願いしましたが、これも人と人との接触をなるべく少なくするためです。お客さまによっては『不便だ』とか、『そこまでの対策は大げさだ』という声も聞かれましたが、全てがお客さま、そしてスタッフへの安全面を考えると仕方ないことだと思っていました」
<極力接触を減らすための対策としてシールド越しに渡された商品の袋詰めは、現在もお客さんにお願いしています>
そのような危機管理を維持する中、スタッフの方たちと大切にされたことは?
いずみさん:「スタッフにも家族がいるわけで、家に帰れば家族がいます。私たちは毎日、不特定多数のお客さんにお会いするので、自分たちが家にコロナウイルスを持ち帰ってしまうのでは、という不安は常にありました。ただ、その状況でも必要以上に怖がったり、その不安を口に出さないように心がけて欲しいとも伝えていました。スタッフの恐怖とか不安が店の雰囲気にまで影響することは避けないといけないと考えましたので。しかし、当店の近くで感染者が出たと聞いた時は厳しくも感じましたが、こういう時だからこそ元気で明るい雰囲気を保ちたいとも思い続けていました」
また、スタッフへの安全性についてはどう対応されたのですか?
いずみさん:「スタッフの健康状態はずっと心配でした。勤務中も頻繁に手洗い、うがいをしてもらいました。もし体調がおかしい、たとえそれがただの風邪だとしても回復するまで休むように、と言っていました。それが、みんなの安全につながることだったので」
<「不安を感じながらも一生懸命お店営業のために働いてくれたスタッフに感謝しかありません」と話す店長のいずみさん>
シールド以外の具体策はございますか?
いずみさん:「お金からウイルスの感染者が出たということもあったので、手袋とマスクの着用は徹底しました。ただ毎日、手袋とマスクを着けていると顔や手に湿疹が出たりするなど苦労することも多かったです。マスクは、ほとんど1日中つけているので、熱がこもって暑くなり、『もしかして熱が出た?』と思い、『感染した?』というところまで疑ったりの毎日でした」
<使い捨てのプラスチック手袋は時として皮膚に合わない時も。よって、布製の手袋の上に使い捨てプラスチック手袋を着用>
その他の対策は、ございましたか?
いずみさん:「店舗が小さいので、入店規制をしなければならず、そのため外で待っていただくといったこともありました。でも、こちらのご案内に従っていただきトラブルにもならず、お客さまのご理解に感謝しています」
<お客さんに入店人数の制限で店頭に列を作ってもらったこともありました>
さて、本格的に自粛生活に入った4月以降のお店での営業状況はいかがでしたか?
いずみさん:「買いだめされた分があると思いますし、また必要以外の外出はできなかったでしょうから、3月の一時期のように混むことは少なくなっていました。コロナ以前、週末は家族連れのお客さまが多く来店いただけていましたが、この頃は子どもさんを連れてくる方も少なくなり、男性の方がメモを片手に買い物をされる姿が増えたような気がしました」
その際によく売れていた商品は何でしたか?
いずみさん:「その頃は、カフェなどでお茶もできなくなっていたせいか、日本のドリップコーヒーや日本茶を購入するローカルの方も多く見受けられました」
<在宅勤務の影響もあったのでしょう。日本のあの美味しい飲み物を探しに同店を訪れた人も多かったです>
“ZOOM飲み”などという言葉も聞かれましたが…。
いずみさん:「確かに、『オンライン飲み会』などという言葉は耳にしましたが、政府からアルコール販売について規制もありましたので、それに従い、販売したので大きな変化はなかったと思います」
<コロナ禍中、飲酒の量が増えたといった一般報道もありました>
4月も後半を迎え、3月後半から制限処置の実施で街中では開店しているお店も限られる中、貴店は開け続けましたね。
いずみさん:「当店は食料品を扱っておりますので、生活の中で一番大事な食の部分を担っています。特に現在、パースで日本食を扱っている店がそう多くはございませんので、必要だったと思います」
感染との背中合わせの営業は、命をかけての営業だったといっても過言ではありませんね。
いずみさん:「今回の新型コロナウイルスの影響で飲食店が一時期、制限営業だったため弊社のホールセール部門がだいぶ静かになってしまいましたが、リテール部門の当店が頑張らないと、とも思っていました。いろいろなところで職を失った方などがたくさんいらっしゃる現状で、コロナ禍中、継続してお店を開けていたことで“怖い”という思いもありましたが、仕事を続けられていることには感謝しなければと思っています」
5月に入り、感染者数減少で制限緩和策が進む中、お客さんの動向は変わりましたか?
いずみさん:「緩和された後、お客さまが家族で、またはグループで来店される方が増え、店内が賑やかになりました。しばらくの間、会えなかったお客さまどうしが当店で久しぶりに出会い、話に華が咲くという場面も見られ、まだ終結はしていませんが、日常が戻って来ていると感じました。ただ、その影響で入店数が多くなり、政府の緩和策で以前よりも入店数を多くすることができたのに、入店規制をかけなければならないこともありました」
<コロナ渦中での営業はお客さんの安全性とスタッフの健康面をいつも以上にマネージしましたと話す店長のいずみさん>
今回のこのパンデミックで貴店の客層や、買い方などにも変化はございましたか?
いずみさん:「一番大きな点は、ローカルのお客さまが増えたということだと思います。もちろん、今までもローカルのお客さまはいらしてましたが、今回のことで大手スーパーで一部商品が品薄の状態になり、その商品をあちこち探す過程で当店を見つけたという方も多かったようです」
また、家での自粛で、食べるものへの変化が貴店来店につながっているのでは?
いずみさん:「そうかもしれませんね。自宅にいる時間が長いので、日本食の調理にチャレンジした方が予想以上にはまったという方もいらっしゃいました。日本食に興味を持つ方が増えるということは、いずれにしても嬉しいことです」
今後の同店の営業についてお聞かせ下さい。
いずみさん:「この状況では商品によっては日本から入らないものもありますので、未だに品薄な状態のものもあります。そういった状況ではありますが、遠方に住んでいる方々からの商品の問い合わせや、商品の配達について問い合わせも受けました。必要と思っていただいている証だと思います。当店では、まだ配達のサービスは行ってはおりませんが、現在準備段階です。お客さまの期待に少しでも早く実現できたらと考えています」
<6月27日に西豪州では第4段階の緩和措置へと突入したが、3月以前の物流に戻るにはまだまだ時間がかかりそうです>
最後に、今回の渦中で多くの家庭のキッチンを支えた同店を代表して一言お願いします。
いずみさん:「新型コロナウイルスの感染が日々伝えられていた中、お陰様でお客さまに支えられながら今まで無事に営業させていただいています。お客さまより励ましの言葉をいただき、きつい時にはありがたさが何倍にも感じました。1日も早くこのパンデミックが終結し、今まで通り、または今まで以上にお客さまのニーズに応えられるように当店は努力してまいりたいと思っています」
<尚も続くコロナ禍中ですが、「こんな時だからこそ食は大切ですから」と笑顔で話す店長のいずみさん>
【不二マート(Fuji Mart)】 全豪5店舗に展開している日本食品を中心に販売しているスーパーマーケット。生活用品や食器なども揃えている不二マート(Fuji Mart)のウェブサイト:www.junpacific.com/fujimartper/ パース店の最新情報はこちらからから |
上村いずみ
不二マート(Fuji Mart)パース店の店長、上村いずみさん。コロナ禍中、「生活の中で一番大事な食の部分を担っていますので」の思いから通常営業を続け、パースの日本食品の供給に、そして顧客や従業員への安全確保に日々取り組んでいる。