「追い求める一生現役」
 

KAZUYOSHI MIURA

[シドニーFC]
三浦 知良
 
1967 静岡県に生まれる
1982 静岡学園高校を中退し、単身ブラジル留学
1986 サントスFCとプロ契約を結ぶ
1988 キンゼ・デ・ジャウーと契約 日本人初ゴールを記録
1989 コリチーバFCと契約
1990 サントスFCと再契約
1990 日本リーグ・読売サッカークラブと契約
1990 第11回アジア大会に日本代表として出場
1993 Jリーグ開幕 ヴェルディ川崎の新主将に選出
1993 日本代表、アメリカW杯本大会出場ならず
1994 セリエA・ジェノアに入団
1994 セリエA、アジア人初ゴール(VSサンプドリア)
1995 ジェノアからヴェルディ川崎に移籍
1997 日本代表、フランスW杯行きを決める
1998 フランスW杯最終メンバーから外れる
1999 クロアチア・ザグレブへ移籍
1999 京都パープルサンガへ移籍
2001 ヴィッセル神戸へ移籍
2005 J2・横浜FCへ移籍
2005 オーストラリア・シドニーFCへ期限付き移籍
 
 

11月18日、雲ひとつない晴天だった。シドニーFCの本拠地、Aussie Stadium の駐車場の植え込みには、紫色の花をつけたジャカランダの木々が青空いっぱいに幹を伸ばしていた。通常、パースでも10月下旬に咲き始めるこのジャカランダだが、まさか今年は、シドニーで最初に見るとは思わなかった。

Aussie Stadiumの受付で、シドニーFCの広報担当を待っていた。時計に目をやると、シドニーFCの公開練習が始まる10時より30分早い。すると、自分の目の前を右から左に通り過ぎる一瞬の“何か”を感じた。顔を上げると、カズこと三浦知良がスポーツバックを肩から背負い、白と黒のプーマのジャージを着て、ファスナーを首元まであげ、スタジアムに向かっていく姿があった。

9時45分、シドニーFCの広報担当と挨拶を交わし、スタジアムの中に案内される。そして5分後、カズがグラウンドに姿を現した。ペトロフスキー(背番号11、Sasho Petrovski)と握手を交わした後、何か笑顔で話しながら、グラウンドの中央に2人で歩を進める。グリーンの芝生を踏むカズのプーマのシューズが光っていた。そして、胸の19という数字は、何か彼の初心を物語っているようでもあった。ペトロフスキーとインサイドキックでボールを蹴り始める。軸足をゆっくりボールの横に置き、くるぶし辺りで捕らえるボールとのコンタクトを噛みしめているようだった。

10時、トレーナーの指示のもと、選手達はグランドを大きく一周する。先頭を走るカズ。テレビでお馴染みのあの走り方だ。一周した後は、ダッシュ。合い間の水分補給の時は必ずと言っていいほど、他の選手とコミュニケーションを取る。
10時30分、ボールを使った練習が始まった。5角形を作り、パスを回し始める。汗をかきながら全力で走るカズの姿勢が印象的だった。声が出ていないことを指摘したかったのか、リトバルスキー監督自ら声を出し、選手達を鼓舞する。その後、2対1の練習が始まり、左足を振り抜いたカズのシュートが、サイドネットを揺らした。ボールへの勢いを感じる。ボディバランスも見事だった。
11時、2対1の練習を終え、グラウンドの半分を使い、10対10が始まった。センターフォワードにポジションを取るカズ。ディフェンダーと競り合いながら、右足でシュートを放つ。15分後、フォワードとディフェンダーに分かれて練習が再開する。カズは、監督の指示を受けながらシュート練習。左右の足から放たれるシュートは、ボールの芯が捕らえられていた。11時30分にはディフェンス組の練習にフォワードとしてペトロフスキーと入る。明日の先発フォワードは、この2人なのかと予想してしまった。11時40分、カズだけ他の選手よりいち早く練習を終了し、ドレッシングルームに引き上げた。
以下は練習後、シドニーFCのピエール・リトバルスキー監督が全て日本語で行ったインタビューの一部である。
Q:カズ選手は明日で2試合目ですが、周りとのコンビネーションはいかがですか?
監督:いい選手にはあまり関係ないです。
Q:明日の試合について?
督:相手は強いチームですね。プレシーズンではホームで負けているので、今回は気をつけなければならない。
本誌記者:相手チームには石田選手という日本人がいますが…。
監督:出るか出ないか、分からないと聞いているけど。結婚式からもう帰っていたんですか?彼は足が速く、いい選手ですね。
本誌記者:デスポトスキー(背番号10、Bobby Despotovski)とモーリ(背番号22、Damian Mori)と絡むと、もっと怖いのでは?
監督:3人のコンビネーションは、怖いですね。デスポトスキーは毎試合、得点を取っているので、彼も気をつけないといけないですね。
本誌記者:明日は日本人対決ですね?
監督:特別考えていない。あまり、チームには関係ないことです。
Q:カズさんは先発ですか?
監督:今の時点では言えません。
12時30分、サングラスに白のタンクトップ姿で記者の前に姿を表した、カズ。体調に関する質問には「まあまあですね」と応え、「(11月13日の)1試合目に比べれば、気軽な感じはあるけど」と、翌日行われる試合についてコメントを残した。また本誌記者の「明日対戦するパース・グローリーFCには石田博行選手という日本人選手がいるんですが、ご存知ですか?」との質問に「いやぁ、ちょっと知らないですね」と一言。そして「15歳でブラジルに渡り、カズさんと同じような道を辿った選手なんですけど」との問いに「サッカーはどこでもできます。こういうところに来て、自分でやっているということは素晴らしいことだと思います」と付け加えた。
インタビュー後は、駐車場付近で待ち構えていたファンへのサインを快く受け、記念写真にもサービスしていた。「高校生か!がんばれよ」と声をかけ、緊張してサインをねだれない子には自分から「ほら、サインしてやるよ」と進んで自らペンを走らせ。
11月19日、石田博行選手が在籍するパース・グローリーFCと対戦する、シドニーFC。キックオフは、午後の8時。
             文:本誌記者

 

日本のメディアも注目
11月という1ヶ月、日本で出版されたスポーツ雑誌は、Aリーグ、そして三浦知良(以後、カズと略称)が紹介されたマガジンがいくつも店頭に並んだ。Aリーグについてはリーグ誕生の背景について、またそのAリーグの日本人先駆者であるパース・グローリーFC石田博行のインタビューを収録する雑誌もあった。そして、何よりも同時期にカズが表紙を飾ったマガジンはいくつもあった。その速報性からスポーツ新聞は、試合結果やスタジアムでの日本人Aリーガーの動向ぶりを紹介する記事が圧倒的。11月20日付けのスポーツ新聞では、石田博行とカズが握手をする写真が掲載された。

本誌だけが知っていた移籍裏事情 ①
10月1日(土曜日)、パース・グローリーFC対シドニーFCの記者会見後、本誌記者が単独でリトバルスキー監督に「カズはあなたのチームに来るのですか?」との質問に、最初は怪訝そうな顔をしていたが「今は何とも言えないが、先週日本からカズの関係者が来て、話し合いを持ったことは事実。もし来れば、彼はウチの即戦力になると思う」と真剣な眼差し。2日後の3日(月曜日)、日本では横浜FCがカズの移籍記者会見を開いた。
本誌だけが知っていた移籍裏事情 ②
日本でのカズの移籍騒動がひと段落した頃、オーストラリアではまだまだカズの報道は皆無に等しかった。そして、カズの移籍正式発表が日本でなされた10月31日、本誌は取材依頼の連絡をシドニーFC入れる。しかし「まだオフィシャルには発表できない」との返答。さらに、パース・グローFCの石田選手と三浦選手の弊誌単独インタビューを執拗に申し込む。そして11月4日、シドニーFCからカズ移籍の正式発表がメディアリリースで届く。6日後の11月10日「単独は厳しいが、他社合同で試合後に会見行う予定」との一報。実現した会見は、「石田と三浦の記者会見」に掲載したものである。

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