12年間続いた内戦が終結してから4年後の1996年4月、中米・エルサルバドルへの訪問は3度目だった。首都サンサルバドルから遠く離れた、サンミゲール州の北に位置するバリオス市にまで足を運んだ。バリオス市は、1980年に礼拝の途中に狂気の銃弾に倒れた、内戦中の民衆の精神的な支えであったオスカー・ロメロ大司教の生地でもある。
 取り立てて特徴のある町ではない。ごくありふれた、エルサルバドルのひなびた田舎町である。教会の正面に建つロメロ大司教の胸像を写真に収めたあと、何もすることがなくなった。ぶらぶらと2時間も歩き回れば、町の様子がすべてわかってしまうほどのちっちゃな町。さびれた市場のはずれ、町の公園の一角で雑貨売りの屋台の女性がひとり、必死にアルファベットを書き写していた。

 私の視線は、文字を追う彼女の指先に釘付けになった。
 鉛筆をしっかりと握りしめ、一文字一文字、しっかりと筆写していく。ゆっくりと流れていた時が、一瞬止まった。この場面を見るために私はここに来たのか。そう思った。撮影のために近づきすぎたせいで、私の影が彼女を覆う。ふと、彼女が顔を上げた。目と目が合って、ほんの一瞬彼女がはにかんだ。緊張がはじけた瞬間だ。興奮した私の喉はかわいていた。声は裏返っていた。なんとか、絞り出すように声で話しかけた。  

   

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