1997年11月、ビルマ・カレン族に日本人義勇として戦闘に参加していた西山氏の訃報を受け取った。一時帰国していた東京で、幾度となく慢性のマラリアを再発させ、何度も倒れては病院に担ぎ込まれていた。「マラリアの治療についてはよく知っている。」そう言って、キニーネを生活の中に欠かしたことはなかった西山氏。その後、「熱帯病の治療はタイの方が進んでいる」と、弱った体で日本を後にした。
タイ・ビルマ国境でマラリアをこじらせ、最悪なことに肺炎を併発させた。バンコクの病院で息をひきとったのは、33歳の誕生日の1週間前だった。
友人から彼の訃報の知らせを受けとったとき、「彼の得意の悪い冗談だろう。一時的に身を隠すための方便」だと思った。
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しかし、そうではなかった。たちまち私は混乱した。「あいつまでもが逝ったか・・・。」信じられなかった。彼の笑い顔、怒った顔、ゲームに夢中になってた時の顔、パソコンに向かって考え事をしてた顔、得意げに自分の作ったカレンのホームページを見せてくれた時の顔、言いにくそうに女性の話をしてくれた時の顔・・・。
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