ではなぜ日本は、ビルマをミャンマーと呼び変えてしまったのだろうか。それについては、永井浩氏が『アジアはどう報道されてきたか』で簡単に説明してくれている。
一つの言葉は、たとえそれが国名を表す言葉であったとしても、その言葉の背景には、政治的な意味ばかりでなく文化や歴史が含まれているのである。だからこそ、たとえ、外務省や日本のメディア一般が「ミャンマー」と使ったとしても、東京外国語大学や大阪外語大学ではいまだに「ビルマ語」学科という呼び方を使っている。自らの国の言葉を大切にしている証拠である。
私は、時代(期)や地域、世代によって言葉が変わることを完全に否定してるのではない。
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ただ、たとえばこの「ビルマ」や「ミャンマー」の場合、あまりにも政治的な意図が強いので、警戒が必要だと感じているのである。
それでは今、私が入ったビルマの政治状況はどうなっているのであろうか。外国にビルマのことが伝えられるとき「国民民主連盟(NLD)」の書記長として、さらに民主化指導者のシンボルとして、アウンサンスーチー氏の動向がまず大きく報道されるのが常である。
たとえば今年5月6日、国家発展評議会(SPDC=現軍事政権国家名)によって、スーチー氏は1年7カ月に及ぶ自宅軟禁を解かれた(ちなみに、ビルマの人の名前には姓名の区別がなく、名前だけがある。
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