毎日、写真の撮影、現像、引き伸ばしの連続であった。さらに時間的な余裕があれば、写真図書館や本屋で写真集を眺める日々が続いた。セバスチャン・サルガド、スーザン・メイサラス、ユージン・スミス、エリオット・アーウット等の写真に見入っていた。
 紛争地や戦争に行ってみたい、悲惨な現実を自分の目で見てみたい。人間の苦しみや哀しみの最前線までも行ってみたい。伝えられている現実をまず、この目で確認しておきたい。そう思っていた。のぞき見趣味的に人の不幸を目にしたい。無意識下でそういう考えをもっていたのだ。自分が見たこともない現実を頭の中だけで考えていた証拠である。報道するために、記録するためにシャッターを切るのだ。そう言いきかせている自分が確かにいた。でもその前には、生活の手段として、最低限写真の技術だけでも習得しなければならなかった。


 恐らくそうするためには、どんな生活にも適応できなければならないだろう。環境の変化にとまどってなんかはいられなかった。
 それは頭の中では覚悟していた。実際その当時、日本を離れて米国に滞在していた。ある程度、意志の疎通が自由な英語圏での生活といえども、生活レベルで不自由を感じていたから言えることだ。  
   


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