移動手段は恐ろしいほど発達してきた。エアコンの効いた電車の中は、空気の移動も、風も、匂いも、景色も全てが消え去った空間だ。それゆえ、閉ざされた空間は、人間のもつ自然性を奪っている。人間は体感を失ってしまった。
 もしかしたら、ニンゲンそのものが壊れかかっている、人間関係の消滅へ向かっているのかも知れない。今は、体感的なものだけかも知れないが、そのうち感情までも失うかも知れない。
 飛べるはずのない人間が空を飛び、信じられない速度で移動する。生物的な脳味噌は、この超自然状態をどのように処理・対応しているのか。素朴な疑問が浮かんでくる。

 

 
さらにこのスピード感は、自然が持ち得た道徳性さえも失わせているかもしれない。
 過去20年間、7回の引っ越しをしてきた。ある時、昔住んだ場所に通りかかった。ちょっとした郷愁を感じても、その郷愁に深みがなかった。懐かしさは、ただそこに住んだ、生活した。それだけの記憶ではないのだ。

   


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