その日は火曜日でした。
 カレンダーに印した出発の日まで、あと8日を残すだけになっていました。僕は久しぶりに港に行ってみることにしました。朝4時にバチェラーを出て、僕と運転手しかいない始発のバスに乗り、3番埠頭で降りて桟橋に向かいました。テレビ局の撮影クルーに囲まれた先週の出来事が嘘のような人気のない夜明けの桟橋に、カモメの群れが羽を休めるようにじっとしてこちらをうかがっていました。
 僕は、ポケットから白墨を取り出すと、以前引いた線がまだわずかに残るひびの上に、また新たに縫い目を入れ始めました。線を引きながら、何か今朝は落ち着かない気持ちでした。

朝日が雲の向こうに隠れてしまっているためなのかも知れません。灰色の空から今にも雨が降り出しそうだったからなのかもしれません。あるいは、この袋小路のような桟橋で、逃げ場を失った気持ちになってしまったからなのかもしれません。いいえ、本当はテレビに映って以来、自分の心の中に芽生えてしまったある期待を、考えないようにしていたかったのだと思います。
 とにかく、僕は落ち着きませんでした。ふと、寒気を感じ、ひょっとしたらかぜを引き始めているのかも知れないと思いました。それなら、具合が悪くなる前に帰った方がいいかなと考え始めた時、ふいに誰かがこちらに近づいて来る気配を感じて、僕は恐る恐る足音のした方を振り返りました。

   


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