そういえば僕より9歳上の兄貴は、どんな時にもジタバタしませんでした。怒るということも滅多にありませんでした。奥さんが出て行ってからは、兄貴は部屋にカギをかけるということもしなくなりました。たぶん、いつ戻ってきても入れるようにということでそうしていたのだと思います。そのため、遊びに行くと兄貴はいないのに知らない人がいるということも度々ありました。そして、そのうち兄貴がいないことをいいことに部屋にあるものなんかを誰かが無断で持っていってしまうようになりました。ひどい時には兄貴の会社の人が女の人を連れ込んでいたりして、

兄貴も僕も部屋に入れないなんてことまでありました。それはまるで、手入れをしなくなった池のようなものでした。ボウフラのわいた臭い池を兄貴は、ただずっと眺めていたのだと思います。

 兄貴からのフィルム“轍”には、そんな私生活を微塵も 感じさせないエネルギッシュな兄貴の世界が描き出されていました。兄貴の世界、それは“女性美をうたいあげること” それに尽きると思います。
 なんだか、僕もこうしてちゃいけないという気持ちに、 少しなってきてしまいました。
つづく


 


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