1929年4月16日に開校し、開拓地の親は一安心だった。この学校は初めエーダイル校と呼ばれていたが、1935年にグループに縁のある家族の名前にちなんで開拓地がオズミングトンと呼ばれるようになるまで住人の間ではグループ85校と呼ばれていた。学校に教師は一人であった。初期の教師たちの献身的な教えと、生徒だけでなく地域全体の生活に及ぼした影響は、今日ではほとんど顧みられることはない。教師たちは家族や友達から離れ、現在の水準からするとかなり質素な下宿生活だった。最低必要限度の必需品と援助だけで、献身的な教えと奉仕的な生活をしていた教師たちを地域の住人たちは尊び、感謝していた。
|
|
弱い人やここの生活に合わない人はすぐに辞めていったが、我慢強い人は地域活動を組織し、指導したりして大人からは尊敬され、生徒たちからは愛情と畏敬の念の入り混じった感情で敬われていた。
|