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【パースエクスプレス・マガジン】第57回「オーストラリアと日本の功労者」

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桜にいろいろな感情を抱きつつ、日本は別れと出会いの季節を迎えています。また、元号も変換され、新たな時代の到来を予感しています。

さて、オーストラリアと日本のサッカー界には“顔”とも言うべき存在がいます。それはサッカーの普及や強化に尽力し、海外でも選手として活躍して、サッカー強国に対してもつ劣等感を癒してくれた選手ではないかと思います。そこで恒例の質問です。

 


Q  オーストラリアと日本におけるサッカーの功労者と言えば、誰を思い浮かべますか?

A  筆者は、オーストラリアではハリー・キューウェル(Harry Kewell)氏、日本では三浦和良選手ではないかと思っています。

 

理由は、両国におけるサッカーがそれほど盛んではなかった時代に、国内外にインパクトを与えて影響力が絶大だったからです。オーストラリアはラグビーとカンガルーとコアラの国、ぐらいのイメージしかなかった若き頃の筆者にとって、キューウェル氏の存在はインパクト大でした。インターネットが普及し始める前の時代です。筆者が情報源としてサッカーの月刊誌を購読していた時代にイングランドのリーズユナイテッドで、オーストラリア国籍の氏の活躍は筆者にとって夢のような出来事として羨望の眼差しを送っていました。当時のリーズユナイテッドは強豪チームとして名を馳せていましたのでよけいです。「オーストラリア人が欧州メジャーで活躍してるんだ!」と。氏の存在がなければ、オーストラリアとサッカーを結び付けるアイコンを見つけるのにもうしばらく時間がかかったことでしょう。
 

一方、日本でJリーグが誕生する少し前の時代。三浦知良選手は知る人ぞ知る存在でした。日本もオーストラリアと同じくサッカー不遇の時代があり、サッカー選手が冷遇されていた中、プロリーグ創設の後押しを受けてプロ選手とはこういうものなんだと大々的にアピールできた唯一無二の存在でした。また、当時世界最強リーグと呼ばれていたイタリアリーグに初めて在籍したアジア人として、国内外に与えたインパクトは他の追随を許さないでしょう。信じられないことに50歳を過ぎた今でも現役としてプロサッカー選手を続けており、もはや日本国内のみならず海外からも生ける伝説と化した感があります。
 

さて今回は、両国の“顔”を紹介しましたが、同2選手以外にもオーストラリアのプロサッカーリーグ創設に尽力したフランク・ローリィー(Frank Lowy)氏、日本では「日本サッカーの父」と呼ばれているデットマール・クラマー(Dettmar Cramer)氏なども、忘れてはならない功労者と言えるでしょう。そして、長年オーストラリア代表や数々のクラブにて活躍をしてきたオーストラリア元代表のティム・カーヒル(Tim Cahill)氏もその一人でしょう。先日、引退を表明されましたが、特に日本人にとってインパクトのある存在でした。“日本代表キラー”と呼ばれ、数々の大戦の中で日本代表を苦しめてきた存在でした。引退後もサッカーの世界に留まることを表明しているようで、カーヒル氏の今後の活躍を期待しています。
 


【筆者:junchang】2010年よりサッカーについての独自の見解を自身のブログ「junchang & the MFF」に掲載。1日2万ページビューを記録することもあり、記事がlivedoor系サッカーサイト「SOCCER JOURNAL(サッカージャーナル ※現在閉鎖中)」に転載されたこともある。 ブログ:http://blog.livedoor.jp/junchang512/

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