すぐそこ、と聞いていた一番近くのタイの村までは結構な距離があった(前線を歩いていたときも同じだった。カレンの土地で「すぐそこ」、と言われてもいつも数時間歩かされた)。中天の太陽の下、山を越え、沢を渡り、ただひたすら歩いた。目的地の村にいつ着くのか分からず、重たいカメラバッグを抱えた私は、理由なく無性に腹が立ってきた。しかし、汗まみれの私の前を行くタエポーは、照りつける太陽を遮る傘を片手に、少しも汗を流すことなく優雅に歩いている。カレン語で「テクー」と呼ばれる巻きスカートとサンダル履きで飄々と前を行く姿は、森の迷い人を導く妖精と錯覚させる。
 ようやくたどり着いたタイ・カレンの村には結局、象はいなかった。ほぼ半日歩いてたどり着いただけにがっくりした。その村には、タエポーの顔見知りも何人かいた。外部者から見ると、タイカレン、ビルマカレンと分けているが、

彼ら・彼女たちにとっては同じ「民族集団」としての区別はあまりない。言葉も生活風習も似たような山に暮らす同じカレン人である。人為的な国境線が彼らの存在を分けているに過ぎない。

 落胆が大きかった分だけ、帰り道の長かったこと。往路以上に辛く感じた。近道を選んだ帰りは、急な斜面の道が多かった。さすがにタエポーも汗をかき始めていた。それでもゼイゼイと息を切らす私と比べても、平然としていた。「やっぱり、君もカレン人だなあ。それも強い強いカレンの女だな」って言うと、「フフフ」と小さく声を出して笑った。
 難民キャンプが近づき、下り道や平地が多くなると、おのずと並んで歩くようになり、初めて自然な感じで話ができるようになった。大きな目をビシッと私に向けて、受け答えをしてくれた。その時からだった。少しずつ、彼女は自分のことを語るようになってくれたのは。
(つづく)

 


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