事実を伝えたいという使命が私の背中を押す。事実を記録したいとう思いだけで現場に向かう。現場に出ずに頭でっかちなヤツほどすぐに、「じゃあ、事実とはなんだ」と言いたがる。私はそう言うヤツには耳を貸さない。また、評論家が「物事に客観的であれ」、と言うとき。実はそこに、「本当に起こっていることを見るな」、と言っているようにも思える。事実を抹殺しようとするような力が働いているように思える。それは、犯罪でもある。見て見ぬ振りをするのは犯罪である。また、事実が見えないのは、あるいは見ようとしないのは、ジャーナリストとして罪深い。
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また、報道写真には悲惨な部分ばかりじゃなくもっと違った部分があると言われる。楽しい部分もあるだろ、って言われる。確かにあるだろう。だからといって、本当に伝えなければならない部分がそのことによって伝えられないようでは納得いかない。声なき人々は存在してきたし、今後も存在し続けるのだ。
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