Vol..145/2010/2
「それを言うことによって何を言う」

 そこで、とまどいがいくつか起こった。まず、私はベンガル語を話すことができない。これまでの取材では、その地に1ヵ月以上滞在する場合には、できるだけ現地の言葉を覚えてきた。だが今回、なぜかその意欲が湧かなかった。中米ではスペイン語、フィリピンではタガログ語、カンボジアではクメール語を覚えてきたのに(もっともすぐ忘れるが)だ。年齢と共に取材が粗くなってきたのだろうか。ふと、自分の取材姿勢が恐くなってきた。
 バングラデシュでは事実上、イスラームが国教(人口の約9割)で、慣れないムスリム社会で1ヵ月半、暮らすことになった。10年ほど前、短期間だがイスラームの国トルコを訪れたことはあったが、それは震災取材であったため、日常のムスリム社会を見る機会はほとんどなかった(それに、トルコは「緩い」イスラーム文化圏だとも聞いていた)。
 また、これまで途上国に暮らして、値段交渉にさほど苦労をしなくなっていたが、やっぱりバングラデシュでは、改めて気を引き締める必要があった。正札の付いていない商品を買うとき、或いは日常のサービスを受けるとき、その相場を知らなければ本当に困った。例えば、リキシャ(自転車に椅子をくっつけた人力タクシー)を利用する際は、苦労の連続だった。相場の倍の値段をふっかけられたことは数え切れなかった。リキシャを利用するときには、乗る前から気分は戦闘モードになる。その値段交渉のやりとりだけで疲れた。実際、外国人に限らず、現地のバングラデシュ人も値段交渉は大変みたいだ。

 
バングラデシュで、庶民の乗り物(交通の足)といえばリキシャである。道路いっぱいに広がり、渋滞の原因ともなって困る。だが、その便利さは他のモノには代え難い。


子どもが大きな荷物を持ったり運んだり。いわゆる「児童労働」はあちこちで目にする。「では」、と深く考える余裕さえなくなるのが、バングラデシュの経済的な厳しさである。

   


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