Vol..128/2008/9
地域をつなげる国境線・時代を分かつ国境線

 1人あたり10分くらいかかる申請書の受付だ。のろい。だが、順番通り待つしかない。前から3人目に並んだ私は、1時間ほどしてようやく申請書を受け取ってもらえた。受付の後は、次の手続きであるインタビューがあるため、席を移動して半時間ほど待つことになる。さて、果たして件の修行者はどうなるのか。興味津々である。申請者と受付係官のカウンターの間には強化プラスチックと鉄格子がある。修行者と向こう側に座る受付担当者との声を上げてのやりとりが聞こえてくる。どうやらこの修行者氏、昨日も申請に訪れていたようだ。その時は書類の不備で、今日改めて申請しているようだ。
 「で、住所はどこですか」受付の係官は、ちょっと怪訝そうに尋ねる。
 「バスターミナルです、サー」修行者は、丁寧な口調で答える。
 「えっ、なんだって?」声がさらに大きくなった。
 「だから、バスターミナルの中で生活しています、サー」役人に逆らっては得るものは何もない。あくまでも謙って答える修行者氏。
 受付の向こう側で働く4〜5人ほどのビルマ人係官たちの目が一斉に修行者に注がれ、ほぼ同時にウハッという失笑が彼らの口から漏れた。住所を持たない者が、ビザ申請をしているんだ。さすがに私もことの成り行きに、さらに興味がそそられた。いや、それ以上にインドのパスポートを持つその修行者は、どうやってこのタイに入国したのだろうか。

 
もともとは単なる旅行者か、或いは敬虔な宗教家だったが、タイで暮らすうちに住み処を持たない修行者となったのか?よく分からない。さらに分からないのは、バスターミナルで寝起きする彼が、一体何を思って、空路ビルマを目ざすのか。 じっくり彼と話をしてみたいが、私のビルマ入国のビザさえ下りていない今、ビザ申請の係官の目があるし、彼と込み入った話をすることはできない。
 驚いたことに、そんな修行者氏も書類を受け取ってもらい、インタビューの順番待ちとなった。最も、彼のインタビューは他の誰よりも早かった。残念なことに彼の申請は、すぐに却下されたからだ。修行者氏は、ビザ取得を諦められずに、10分ほど殺風景なビザ申請室内をブツブツ言いながら歩き回り、その後、ビルマ大使館を後にした。
 彼の行動が印象的に残った理由は、世俗の暮らしに溶け込むことなく自らの生き方に忠実に見えた彼が、ビザを取得し、キチンと手続きをして国境を越えようとしたことだ。彼の行動を追いながら、国境とは何なんだと、改めて思った次第である。
 今さら、人為的な国境や国境線を話題にする時代ではないが、当たり前だと受け入れられている事象や常識を改めて考える必要があるのではないか。修行者氏との出会いでそんなことを感じてしまう。
   


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