当たり前のことなのですが、僕には僕の後ろで起こっていることがほとんど分からないのでした。僕という人間は体の前で起きていることには、見たり触ったり、匂いをかいだりといろいろな反応が自分の意思に従って出来るのですが、自分の背中の向こうにも同じように広がっているはずの世界には、こんなふうに冷たい風が通りぬけて初めて、それも悪寒を感じる程度にしか反応できないのでした。 たぶん、今までの僕はその体の前半分にある世界だけを見ながら、一生を過ごそうとしていたのだと思います。でも、MADISONを知ってから、見えない背中の向こうにも目の前ときっちり同じだけの量の世界が広がっているということを意識できるようになった気がするのです。
 「MORIO、ちょっと会わないうちにあなたずいぶん男っぽくなったわね。」


 話しかけられて振り返ると、いつのまに来たのかミミが隣で同じように暖炉に手をかざしていました。僕は立ちあがると、お互いの左の頬に軽く口づけし合ってから、暖炉からそう遠くない眺めのいいテーブルを選んで座りなおしました。
  「フランスに帰るって、チャーリーから聞いたよ。」
 「もうあさってなのよ。帰るとなると寂しいものね。」
 ミミはバッグからメンソールのタバコを取り出すと、吸ってもいい?と目で確かめてから、それにゆっくりと火をつけました。
 「MORIO、あなたのことテレビで見たわよ。」
  ミミは例の縫い目のことを、すこし興奮しながら話しはじめました。
   


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