僕は、自由な左腕をのばして指先でその切りぬきを摘み上げると、月明かりにかざしながら暗闇に目が慣れてくるのを待ちました。その記事は、僕の歩道に残した“縫い目”についてのものでした。いつ写されていたのか、道にしゃがみながら縫い目を入れている自分の姿が大きく写真で紹介されていて、その下に小さい字でコメントが、書かれていました。
僕は切りぬきとストローをバッグの中に戻してから、月明かりに柔らかく浮かび上がる彼女のはだかの肩をあらためて眺めました。
そして今は何も考えたくないと思いました。
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何もない部屋の中の、小さいベッドの上で、一番好きな人を抱きしめたまま夜を過ごしている自分、それだけで十分でした。ひょっとしたらこの幸せは、そう長くは続かない気がしました。
でも、僕はそれでいいと思いました。
もともと、何も始めからなかったのです。
偶然に別の世界の美しい蝶が、迷い込んできただけの話に違いないのです。そして、僕はその蝶のあまりの美しさに、死を選ぼうとしていたことも忘れて、彼女の中に、その生きるエネルギ−の真っ只中に、歓喜する力のあることを知ったのですから。
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