その冷たい光には、えも言われぬ誘惑の香りがありました。振り返っても、現実の世界には、ゴミのような自分が何も入っていない段ボール箱を抱えて、誰も待っていない日本に帰ろうとしているだけなのでした。

 誰かがアパートの階段を上がってくる気配がしました。
 僕はドアを閉めると靴のまま床の上に上がり、濡れて体にへばりついたままのうっとうしいシャツを脱ぎ捨て、靴を床に叩きつけてから、そのすさまじい音に続くようにして開いたドアの方を振り返りました。

 そこには、今朝別れたままのMADISONが、別れた時の彼女のままに立っていました。
 僕は部屋の真ん中につっ立ったまま、彼女を正視して身構えました。胸や腕の辺りから、汗のにおいに混じって柔らかい湯気が立ち上って来るのがわかりました。

 遠くで荒れた波の崩れる音が聞こえていました。そして「しつこい雨が“くそ”のように窓をたたき続けていやがる」、そう心の中でつぶやいた時、彼女が口を開いたのでした。

 

   


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