Vol.196/2014/05
この間、10年来のオージーの友だちと再会して、食事をしました。昔話に華を咲かせ、特に彼が留学生で日本にいた頃の話は尽きませんでした。彼は、その時のことを思い出しながら「日本は本当に素晴らしい国だ!」と何度も繰り返し言っていました。
レストランを後にして、彼と駅に向かう道のりで、酔っ払いの集団と出くわしました。相当飲んでいたんだと思います。その集団のうちの1人が大声で歌を歌いながら、自分の方に向かってきました。決して悪気はなかったと思いますが、肩と肩がぶつかって、自分は倒れてしまいました。ぶつかった相手は大笑いして、ラグビーのスクラムの姿勢をとって、自分を茶化しました。そして、他にいた3人は、尻餅を着いた自分を見るなり、上半身裸になり、プロレスのまねをし始めました。そこに、別の酔っ払いのグループが加わり、裸は裸でもストリッパーに扮した2人の男が、お尻を露出し始めたんです。もうここまでくると、我々2人は蚊帳の外で、酔っ払い同士で盛り上がっていました。
そんな騒ぎを後にして、我々は駅に着き、電車に乗ると、その友だちが気まずそうにしながら謝ってきました。「酔っ払いだからしょうがないよ」と言うと、「日本ではあんなよっぱらい、見たことがなかった。同じオーストラリア人として本当に恥ずかしい」と。「気にしない方がいいよ」と言うと「今晩のことは忘れて欲しい」とまで言ってきました。「大丈夫だよ」と言うと「オーストラリア人全てが、あんなではないから」と目を潤ませながら、ポツリと言っていました。
電車での彼とのそのやり取りは、後になって実は深い意味があるんじゃないかと思いました。自分の国の評価を下げたくないといった愛国心もあったのかもしれませんが、友人以上に自分をオーストラリアにいる“日本人”として見ていたんだと思います。何が言いたいかって、一歩自分の国から外に出れば、自分も日本人として中途半端なことはできない、と言うことです。
<投稿者>Hide 36歳 男性
最近朝起きて、カーテンを開けた時、曇っている。やっぱ、青空がいいよなー。あの青空で、「よっしゃー、今日も勉強するぞ!」って思えちゃうもん。でも、曇りだと、「今日は、この辺で…」とか言って、マックスまでいかない。天気って、大切だよな。そんなこと思ってた時、友だちが『これ、やれば?天気関係なく、突っ走れるぜぇ』とモノを差し出してきた。
その友だち、ちょーかっこいいんだけど、そいつみたいになるには、これも通る道なのかなぁ、とか思ったけど、俺にはそんなもん無条件でノー・センキューでした!
これを読んでいるお前ら!「旅の恥はかき捨て」なんて言って、そんなモンに手を染めてっと、身体がお前のものじゃなくなるぞ。そうなったら、手遅れだからな!
<投稿者>Z.Z.Z. 30歳 男性
嫁がシェアメートと不倫しています。
嫁は日本人です。シェアメートは、自分の親友のオージーです。今は嫁と離婚して、日本に帰ることしか考えていません。その前に、そのオージーを一発殴ってから帰ろうと思っています。
でも、冷静に考えて、一番残念なのが、嫁のせいでオーストラリアとか、オーストラリア人全員が大嫌いになりそうなことです。
<投稿者>匿名希望 33歳 男性
この間、娘の1歳の誕生日に娘の名前を腕に入れました。「この子がティーンネージャーになっても、成人しても、誰かと結婚しても、どんなことがあっても家族なんだな」と思うと、自分の身体にその証のようなものを刻みたく、タトゥーを入れました。
日本では、そのタトゥーに対してとても閉鎖的な感覚をもっているのは分かっています。プールや温泉にも入れなかったり、一部の公務員や会社ではタトゥーが入っていたら退社処分になることも知っています。
もちろん今回、それを知った上で、覚悟して、タトゥーを入れました。ただ、よくよく考えてみると、逆に入れていない人が少ないと思われるオーストラリアと比較し、この違いはなんだろうと思います。例えば、日本のプールでの“お断り”の理由が、細菌感染防止のためとなっています。タトゥーは傷であり、その傷から細菌が感染する恐れがあるから、衛生的に“お断り”なんだそうです。正直、ビックリです。ならば、ここオーストラリアでは、どうなってしまうのだろうか、と…。
あくまでも、建前ですよね。その衛生的という理由は建前で、タトゥーは入れ墨。入れ墨は暴力団、といった構図がまだまだ日本には根強いんだと思います。
私は日本で、某商社で働いていました。会社を辞めて、こちらに来て、5年が経ちます。娘の誕生や成長までの1年間は、私の人生観を大きく変えました。その表れの一部がタトゥーでしたが、タトゥーのような日豪間で、こうも違う認識のモノは、他にあまりないような気がします。
<投稿者>Lisa 35歳 男性