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フォトジャーナリスト宇田有三氏による衝撃ルポ

On The Road by.Yuzo Uda
Vol.193/2014/02

「抗いの彷徨(3)」



パレスチナ人たちが反対のデモ抗議を行った

イスラエルの首相がボストンを訪れた。その時、パレスチナ人たちが反対のデモ抗議を行った。カラーのイメージだと、メッセージ性が強くなりすぎる感じがしていた。

 モノクロ写真の神髄は、細やかなグレーゾーンを如何に表現するかである。
 「真っ黒」や「真っ白」な写真、あるいはグレー色をコントロールできていないモノクロ写真は未熟な写真である。モノクロ写真の良さは、どれほどグレーゾーンを自分の意図したとおりに再現しているかで決まる。白か黒か、その間の灰色という単純なものではない。表現者としての写真家は、黒と白の間の階調を十二分に意識しているが、それを受け手に悟られないように自然な形で表現して見せるかにある。
 そして私は、フト気づくことがある。自分自身、世の中を見るとき、あるいは物事を考えるとき、知らず知らずのうちに写真表現のような物の見方をしてしまっているのではないか、と。まさにグレーゾーンを大切にしよう、という態度をとっている。
 自由な写真表現といっても、技術的な面から見ると、ある基準を設定するところから出発している。創作活動は制限のあるところから始まったことを、改めて思い起こさなくてはならない。
 また、写真を勉強し始めた当時、できるだけ多くの写真を撮影し、焼き付けしたいという思いがあり、モノクロ写真のフィルムや印画紙の方が安上がりという切実な実生活の状況もあった。それに、力のある写真は、カラーかモノクロかという区分けを超えてあり得るとも思っていた。
 南北アメリカ、アジア、アフリカを巡って、自分の目で現実の世界を見てみたい。その現実を記録したいと思って始めた写真であった。もちろん私の写真へのこだわりは、仕事を辞め、貯金をはたいて始めたことだから、もう後がないという事情もあった。そして実際、写真の深みにはまっていくと、まずは自分の知らない自分を見つめ直すことに始まった。次に、リセットした自分の再設定をする際に、自分の行動や考え方の基準設定に意識的に取り組むことにもなった。
 さらに、写真という表現活動と米国社会という住み慣れない事柄が結びついていくにつれ、まだ見ぬ広い世界が目の前に迫ってきているのだというワクワク感や期待感がこれまで以上に強くなっていった。

(続く)