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フォトジャーナリスト宇田有三氏による衝撃ルポ

On The Road by.Yuzo Uda
Vol.187/2013/08

「ビルマ(ミャンマー)の「ロヒンジャ問題」を手がかりにして(10)」



 バングラデシュは、イスラームが事実上の国教であるが、国内に2つある世界遺産の一つは、首都ダッカから近い「パハルプールの仏教寺院遺跡群」である。そのことからバングラデシュ東部はかつて、仏教が栄えていたことがわかる。またバングラデシュ東部のチッタゴンという地域は、チッタゴンという名前がラカイン語に由来していることから、またチッタゴン丘陵の歴史と重ね合わせると、数百年前の仏教王朝アラカン帝国の一部だと考えることができる。
 ビルマ西部とバングラデシュ東部の地域を表す言葉に、「アラカン」「ラカイン」「ヤカイン」という3つの呼び方がある。ややこしいことだが、これらはまったく同じ地域を指す。
 「アラカン」とは英語から派生した言葉で、かつて両国をまたがった広大な仏教徒の地域を意味し、現在ではビルマ国内のラカイン州を指す。「ラカイン」とは、文字どおりビルマ西部のラカイン州を意味する。「ヤカイン」とは、ビルマ語はRをY発音するこことから(Rakhine→Yakhine:ラカイン→ヤカイン)、単純にラカインのビルマ語読みである。
 また、「アラカン」を民族として呼ぶ場合、多数派のラカイン人を中心に、ムロ(Mro)・カミー(Khamee)・ダイナー(Dineet)・タッ(Thart)・マルマグリー(Maramagree)などの仏教徒民族を総称している。彼らは、チッタゴン丘陵からビルマのラカイン州の国境の両側に暮らしている。

 

 コックスバザールに暮らす仏教徒のラカイン人たちは、今の彼らの状況をこう話す。
 「コックスバザールの仏教徒の土地には、ベンガル人が否応なしに入って来ています。バングラデシュの裁判所が退去の命令を出しても、人口が増え続けるベンガル人は私たちの土地に侵入してきます。それが実態なんです」
 コックスバザール市内に建つパゴダ(仏塔)を訪れる。その区画は本来、仏教徒たちの所有地であるが、敷地内おろかパゴダの5m周辺近くまで地元バングラデシュ人(ベンガル人)の俄作りの家々が迫り、不法占拠状態になっていた。人口膨張の所以である。
 バングラデシュは、今でこそ人口増加率は1.24%(2008年)で人口抑制政策が成果をあげているが、もともと世界で最も人口が多く(人口規模は世界7位で、人口密度は事実上世界1位)、人口問題から「貧困の悪循環」から抜け出せないでいる、とされている。
 コックバザールの仏教徒ラカイン人が嘆く。
 「土地を奪われ続けているのは、現実問題として脅威と恐怖であり、毎日の生活の実態なのです」実はその恐怖が、ビルマ国内のラカイン地域におけるロヒンジャたちを迫害する大きな理由の一つにもなっている。
 整然と運営がなされている非公式レダキャンプでは、キャンプの管理にあたっているバングラデシュ人でさえも、「キャンプ内での子どもの人口増加が大きすぎる。2007年には7,600人ぐらいだった難民の数は、2010年には16,000にも増えている。もちろん、このキャンプでは外部からの流入で増えているのではないよ。彼らにはなんとか家族計画を立てて欲しいのだが、実際うまくいっていない。人の数は増え続けるばかりだ」という。
 一方、クトゥパロンの非公式難民キャンプでロヒンジャの人が語った言葉が忘れられない。
 「ビルマではラカイン人には強制労働は課せられない。われわれロヒンジャだけが苦しんでいる。強制的に立ち退きになったわれわれの土地にラカイン人が入植してくる」
 同じように、コックスバザールのラカイン人は私に言う。
 「われわれラカインもロヒンジャと同じように難民で、ビルマ軍政から迫害を受けているんだ。どうしてロヒンジャだけを助けるのだ。どうして国連も国際社会もメディアもロヒンジャばかりに目を向けているのだ」
 ロヒンジャをめぐるさまざまな問題によって引き起こされる不平不満は、いつの間にか、本来の難民の流失の原因であったビルマの軍事政権の政策にではなく、難民キャンプにおいても、ビルマとバングラデシュの国境でも、ビルマ国内の仏教徒とイスラムのコミュニティにおいても、目の前の対立しているように仕向けられた人にだけ向けられている。