Vol..143/2009/12
「閉ざされた国 ビルマ(前)」

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 カレンの武装抵抗とビルマ国内の現状取材を終えて一時帰国した1994年、日本で取材報告会を開いた。その際、1人の老人がその会に出席してくれ、話をする機会があった。その老人は、お兄さんをビルマ戦線で亡くしたという。ビルマに対する思い入れは強いようだった。私が、ビルマ軍事政権の圧政を報告する延長で、第2次世界大戦時の日本軍によるビルマへの関わり合いを批判した。そのことに関してその老人は、「当時の社会状況も戦争も知らない若者が何を言うか」とやや厳しいコメントを寄せた。
 では、ということで、時代は異なるが、ビルマでの戦争は何であるかを身をもって感じるため、私はそれまで以上に無理を押してカレンの最前線に通い続けた。地雷原に入り込み、緊張のあまり身動きが取れず、心の奥底から助かりたいと思ったこともある── カレン州の山奥で1997年、ビルマ国軍によって焼き払われた村々をカレン兵士の護衛を受けて訪ね歩いていた。激しい雨のジャングルを歩き続け、とある村にたどり着いた。そこでひと息つき、ごろんとひと休みしていた。半時間ほど経った頃、村の女性がひとり、すさまじい形相でなにやら叫びながら走ってきた。周りにいた11人の護衛兵士たち全員が素早く立ち上がった。

 

 急いで逃げるのだ。  そう直感した。慌てて雨露のけぶる山中に逃げ込んだ。三手に分かれて、草むらの中にしゃがみ込んだ。すぐ近くをビルマ国軍が動き回っているという知らせだった。ビルマ国軍兵士による焼き討ちや迫害などの被害調査をしている我々を探しているという。その数、300人に上るという。11人対300人では、戦闘にならない。こちらは逃げるしかない。

(続く)

   


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