Japan Australia Information Link Media パースエクスプレス

現役新聞記者が、過疎化・少子高齢化が進む日本を追う

ムラの行方 藤井 満

Vol.180/2013/01

第9回「たたらの里の暮らし考(9)」


法人で高性能な機械をそろえた 県内外の実力派の神楽を8時間にわたって鑑賞する「THE神楽BIG4」

20軒がそれぞれ農業機械を持つかわりに、法人で高性能な機械をそろえた。奥のエアコン付きトラクターは600万円と高級外国車並みの価格だ。

布施地区の住民が実行委員会をつくり、県内外の実力派の神楽を8時間にわたって鑑賞する「THE神楽BIG4」を1997年から2011年まで計15回開いていた。


 出身者でも親が亡くなると、墓や家の管理にもどる程度だ。週末に田畑を作りたいと思ってもノウハウがない。そのうち足が遠のき、家は荒れていく。縁遠くなりかけている人たちに「手伝ってくれや。ちいと体を動かしてから飲みゃおいしいでなあ」と「援農」を呼びかけた。
 1年目の2004年は3人、翌年は6人…と増えつづけ、田植えや運動会には全国各地から約20人が駆けつけるようになった。農作業後はバーベキューを囲む。地区住民の親類で、東京で生まれ育った20代の男性は「雰囲気いいね」と気に入り、実家に帰省するかのように毎年通ってくる。
 海上自衛隊のパイロットの教官だった品川隆博さん(59)は2006年に退職し、妻の郷里の布施にIターンしてきた。「ファーム」に参加し、見よう見まねでトラクターやコンバインの操縦を覚えた。「汗水流して働いた結果が収穫という形になり、とても新鮮で充実しています。法人という受け皿があるから働きながら農作業を学べたし、集落の人間関係にすっととけ込めました」。ファーム設立から7年でUIターン者は5人を数えている。

 ファームの農業部門の収支はようやく赤字を脱した程度だが、「中山間地域等直接支払制度」などの交付金・補助金が年間約700万円あるため、農作業に携わった人に時給800円を支払っている。年間で1世帯平均約30万円の収入だ。「個人では農機具代で赤字になり、勤め先の給料を充当していた。今は赤字ゼロで、小遣いが残る。共同作業だから水争いも起きず仲良くなりました」。ファーム代表理事で布施公民館長の森田さんは話す。
 旧瑞穂町時代に役場職員の立場でファーム設立にかかわった邑南町農林振興課の坂本敬三課長は「担い手問題と農地の保全と経営の3つを解決するには法人化しかない」と断言する。邑南町は零細農家が多く、2007年に稲作農家にアンケートすると9割が赤字だった。かといって、個人の農家が農地を借り集めて大規模化しても、その人が倒れたら田はたちまち荒れてしまう。その点、法人化すれば全員でカバーしあえる。町ではここ数年、法人設立が相次ぎ、2010年までに200集落中17集落に計14法人が設けられた。
 法人化で元気を取り戻した「ファーム布施」に暗雲を投げかけるのが、環太平洋経済連携協定(TPP)だ。輸入関税がゼロになれば、安価な外国産米との競争にさらされる。
 農林水産省によると、米国カリフォルニア米の価格(現地)は国産米の3分の1、中国のジャポニカ米は5分の1だ。現在の国産米の価格(相対価格)は1俵約1万2,000円。法人化して国と県の補助金を加えれば何とか経営が成り立つ額だ。だが、米価が現在の半額になるとファームでは作業の手間賃を払えなくなるという。
 「法人化によって希望が芽生えてにぎわいが戻ったけど、ただ働きになれば、だれも見向きもしなくなる。田は荒れて集落なんかすぐに消えてしまいますよ」。農協に勤めながらファームの活動を担う松崎寿昌さんは警鐘を鳴らす。

(続く)


▽布施地区
旧布施村は、布施・八色石・村之郷・宮内・比敷の5地区で構成されていたが、1957年の合併で、東側(村之郷・宮内・比敷)は大和村(2004年から美郷町)に、西側の布施と八色石は瑞穂町(04年から邑南町)の一部になった。邑南町側の旧布施村の人口は、57年の719人が2010年1月末現在226人に減った。高齢化率は50%。布施第2集落は50人中27人が65歳以上。