「私は誰」
最初は、海外で一旗上げようと思い、オーストラリアに来ました。
学生時代は、成績も悪くなかったです。回りくどいですね。率直に、成績は良かったです。県下トップクラスの進学校を卒業し、大学も一万円札の人が創設した大学に入学しました。
就職活動を控えた大学2年の時、バイト先から「このままバイトを続ければ社員になれる」との話をもらいました。その会社は、日本の経済を背負って立つぐらいの会社でした。でもその時、世間で言われる就職活動に疑問を感じたのです。就職活動というより、日本の社会の仕組み、その社会を支えている会社や企業についてです。ならば「日本での就職はやめよう。海外に出よう」と決めたんです。
今、振り返ると、自分はいつも“人”と競争していました。テストの結果も、内容より順位で、ただ1番を取ることだけを目指していました。誰かさんより良い点を取る、誰よりも順位を上げる、といったようにです。運動もいっしょです。誰よりも早く走る、誰よりも上手にプレーするといった感じでした。
大学を卒業して、まずはワーキングホリデーでオーストラリアに来ました。何か成功させようと思っていたので、1〜2年では帰国しようとは考えていませんでした。一般的に会社からスポンサーを得て、ビジネスビザのようなものを取るのは厳しいと聞いていましたが、正直、自分にはできると思っていました。実際、できました。今年でオーストラリアでの生活は、4年目になります。
最近、思うのです。時々、頭の中で「ピンッ!」と音がして、我に返ることもあります。それは、「私は誰」ということです。
今住んでいる家の隣のおじさんですが、いつもヨレヨレのタンクトップにポケットに穴の空いた半ズボン、そしてサンダルで庭いじりをしています。必ず鼻歌を歌っています。小学生ぐらいの息子と娘と、大笑いしながら話をしている会話がしょっちゅう聞こえてきます。
道路を挟んで向かいの夫婦は必ず週末、2人で犬の散歩をしています。旦那は色あせたTシャツと汚れて真っ黒になったスニーカー、奥さんは着古したジャージの上下を着て、大きな声でニコニコとお喋りをしながら、いつも同じ方向へ向かって歩き出します。
そこで彼らを見ていると、すごく幸せそうに見えるのです。「隣の芝生は青く」見えるのでしょうけど、それにしても何かが「豊かである」と感じるのです。その豊かさが、何なのかは、今の僕にはわかりません。でも、確実に言えることは、“自分と向き合っている”ということかもしれません。
あの大ヒット曲「世界に一つだけの花」を聞くとホッとするんです。「♪No.1にならなくてもいい。もともと特別なOnly One♪」。このフレーズは、「人と順位を争う必要はないよ。自分の存在はもうすでに特別であって、人と競争することなんて意味がない。自分の中で一生懸命に生きれば、それで十分」って言われているようで、大好きな曲です。
<投稿者>匿名希望 男性 27歳
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