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フォトジャーナリスト宇田有三氏による衝撃ルポ

On The Road by.Yuzo Uda
Vol.161/2011/6

「何が彼を変えたのか」


最前線に指令を送るボジョー

ビルマ(ミャンマー)山奥での通信には苦労を伴う。長く伸ばしたアンテナの無線機を使って、第5旅団の司令部から戦闘の続く最前線に指令を送るボジョー(2001年1月撮影)。


 「戦争が終われば、農夫として暮らしていきたい」
 ボジョーは今から10年前、私にそう話してくれた。
 2001年1月3日のことであった。銃を持って武装抵抗闘争を続けていた彼は、私の質問—戦争が終わったら何をしたい?—という問いに、たどたどしい英語で答えてくれたのだった。彼は、私と5日違いの誕生日で、同い年でもあった。
 あの時、2000年から2001年へと新しい年を迎えようとしていた。つまり、20世紀から21世紀へと時代が変わる頃だった。私は、12月から1月にかけて、ビルマ(ミャンマー)の山深いジャングルの中にいた。

   20世紀は戦争の世紀だといわれていた。それなのに、1つの国の中で続いている、世界で最も古い内戦が、世界では全く取りあげられていなかった。“20世紀は戦争の世紀だった”と過去のものとして表現されるとき、アジアの辺境で今でも、世界最長の内戦が続いているという実情には触れられなかったのだ。その内戦とは、ビルマ(ミャンマー)国内のカレン民族による抵抗闘争である。
 世紀の変わり目に、その世界一古い戦争の現場に立ちたかった。そのため、ジャングルの中でゲリラ闘争を続けている、ビルマ国内の少数派民族であるカレン人の武装組織(KNLA:カレン民族解放軍)に連絡を取った。
 ビルマ(ミャンマー)とタイとの国境線およそ2000キロメートルの周辺では、KNLA軍が7つの旅団を構成し、ビルマの軍事政権と対峙している。その7つの旅団の中で今でも、最も激しく戦闘を続けているのが、KNLAの第5旅団である。
 ボジョーは、その第5旅団の司令官である。
 彼との出会いは、この連載シリーズ“On the Road”の15回目、「縁」−ある司令官との出会いから−で書いたことがある。
 私は、その回の最後をこう結んだ。
 私とボ・ジョーとの間には、どんな「縁」がこれから続くのだろうか。