「明日を夢見て」

 ビルマ・タイ国境の朝は早い。午前3時半を過ぎた頃、鶏はけたたましい鳴き声を上げ始める。昨日の午後、難民キャンプにたどり着くため、小石が滑る小川の中を早足で歩き過ぎた。そのせいか、一晩寝ると、足が重たくなっている。もう少し寝かせてくれよ。夢うつつの中で寝返りを打つと、カレン語で「プダ」と呼ばれる竹を割って作った床が、ギッ、と軋む。
 再び目を覚ます。腕時計を見ると、5時過ぎ。外はまだ薄暗いが、人が動き出す気配がする。
 取材現場を走り回る者にとって、世界規模で社会がどのように動いているのか、想像することはちょっと難しい。ついつい目の前にいる人々の動向が気になって仕方ない。内戦、貧困、避難民という言葉は知識ではなく、実体なのだから。
 ここビルマ・タイ国境に点在する(ビルマ国内の民族集団の一つである)カレン人難民キャンプは、1984年頃から急速に大きくなり始めた。ビルマ軍事政権下で、軍部による圧政や内戦を逃れたカレン人達がタイ側に逃れ込んでいる。


私が初めて難民キャンプを訪れたのは、1993年のこと。200キロ以上に及ぶ国境地帯に分散していた、10数カ所を超えるキャンプのほとんどに足を踏み入れた。この時訪れたのは、そのうちの一つ、メーサリート難民キャンプ(1995年、メラキャンプに吸収)だった。
  6時過ぎ、キャンプ内の生活を見て回るため、身体を起こした。雨期が始まって約2ヶ月、何もかもが湿気ている。戸外に干していた洗濯物は、朝露と朝靄の水滴でべっとり。気持ちが悪いが、濡れたままのTシャツを着ざるを得ない。ようやく空が白み始める。水汲みに行き帰りする子供達の姿が目につくようになってきた。

 

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