Japan Australia Information Link Media パースエクスプレス

フォトジャーナリスト宇田有三氏による衝撃ルポ

On The Road by.Yuzo Uda

Vol.217/2016/02(最終回)


漂泊のフォトジャーナリスト


On The Road by Yuzo Uda
この16年間の連載を掲載した『The Perth Express(パースエクスプレス)』を積み上げたら50cmにもなった。

 「On the Road」 の執筆は、今月号で最後となる。  『The Perth Express(パースエクスプレス)』で連載を始めたのは、2000年のMarch - April 号(Vol. 26)だった。振り返ってみると、およそ16年間のおつきあいである。これまでいろいろな雑誌や新聞で連載をもってきたが、これほど長期間、しかも自由奔放に書ける機会が持てたのは本当にありがたかった(途中、苦しいことは何度もあったが…)。もっとも年数からみれば長く思えるが、実はあっという間でもあった。  この連載を終えるにあたって、その前振りとして前号は「取材者としてのフォトジャーナリスト」、前々号は「写真家としてのフォトジャーナリスト」と題して自分の思いを綴ってきた。

 そして今回、締めのメッセージとして何か洒落たことを書きたいと思い、あれこれ考えているのだが、あまりいいネタが思い浮かばない。最終の原稿のため、何か特別なことを書こうと肩肘を張っているのが自分でも分かる。

 困った。

 そういうとき、自分の発想方法がマンネリになっているはずだから、いつものように凝り固まった自分のモノの見方や考え方を切り替えることにしてみた。例えば、次のようにである。

 ──冒頭で、今から16年前の過去を振り返って見ると・・・というようなことを書いたのだが、同じ16年という月日でも、その期間を先に延ばして<未来から今の自分をみる>と・・・すると、そこから一体、現在の自分や社会の状況はどのように見えるのだろうか、ということである。

 つまり、「On the Road」の連載16年間を基準に、16年後の2032年という時から今を振り返って見ると、自分や自分を取り巻く社会はどのようになっているのかを想像しようとするのである。

 あの時(=今、現在のこと)、何をしていたのか、と。

 そう思うと、時間の使い方で反省しなければならないことをいくつも思いつく。

 《時間の使い方はその人の生き方の問題だ》― ガンに冒された、とあるジャーナリストが書き残していた。

 でも、そうはいっても、テンパってばかりで生き続けるのもしんどいこともある。

 結局、私の場合、いろいろと考えを巡らせてみても、世の中の動きや個人の生活などは全体的に、あまり変わっていないのではなかろうかと思い至ってしまう(もちろん、今の日本の政権が戦争のできる国作りにまっしぐらに向かっているのは、とても心配しているが)。

 多くの人は、もちろん自分を含めて、自分の生きている時代をいつも「激動の時代」と名づけたがる。しかし、日本という社会だけをみても、江戸から明治へ、関東大震災、第1次世界大戦、第2次次世界大戦(アジア・太平洋戦争)などなど…、激動を象徴する事件や出来事は数限りない。

 例えば、自分が生まれた1963年は、いわゆる高度成長期の真っ只中で、公害を生み出しながらも経済的に世の中が豊になっていく時代であった。もちろん高度経済成長という解釈や説明も、その渦中では自覚できず、後付けの知恵で知ったことである。その後、1993年にフリーランスのフォトジャーナリストの仕事を始めた時には、バブル経済が崩壊し、経済はどん底だった。しかも状況はその後、あまり変わらず今に至っている。だから自分のフリーランスの時代は、経済的にずっと低空飛行である。それが当たり前だと思っている。

 人は、それぞれの生まれ育ってきた社会環境から逃れられないとしたら、自分はこの間、どのような考え方をそこから受け継いで自分のモノとしてきたのか。物事を見るのに、時代の制約から逃れることができないとつくづく思ってしまう。  また個人的に、神戸で経験した阪神淡路大震災も忘れられない。しかも、あの震災から20年以上が経ったとは信じられない。地震の後すぐ、東京では地下鉄サリン事件が発生した。当時はそれこそ、激動の時代の出来事の一つと言ってもいいのではないだろうか。