選手の大半が欧州のクラブに所属しているオーストラリア代表チーム(通称:サッカルーズ)には、横浜で行われたW杯アジア最終予選の日本代表との一戦を迎えるにあたり、それまでの予選の試合とは違う、特別な対策が必要になると思われていた。
今回の試合を報道するためにオーストラリアから日本を訪れた印刷やインターネットの媒体、そしてテレビの記者やレポーターたちにとって、今回の取材は比較的分かりやすく、難しいものではなかった。しかし、うまく対応できなかった言葉の壁や横浜総合国際競技場を訪れた記者たちを驚かせた冷え込みまでは、予想していなかった。
オーストラリアのサッカーファンはこの試合を、サッカルーズが2010年の南アフリカW杯に出場するための最も重要で、最も注目すべき対戦だと予測していた。しかし、この対戦前の週末に試合が組まれた欧州各リーグの日程によって、サッカルーズの選手たちには限られた準備時間しか許されなかった。数人の選手が試合前の日曜日(8日)に、その他のほとんどの選手が月曜日(9日)に日本に降り立ったした。そして、キャプテンのLucas
Neillを含む最後の数選手は、試合前日の火曜日(10日)に成田空港に到着した。そのため、アジアのサッカーをリードしている日本代表に対して、サッカルーズの選手たちに100%のプレーを期待するのは難題ではないかと思えた。
月曜日に三ツ沢球技場で行われたサッカルーズのトレーニングには、約60人の記者が集まった。日本人記者たちがその大半を占め、そこでサッカルーズのチーム状態をじっくりと観察していた。その中で、記者たちはイングランド・プレミアリーグ(1部に相当)のエバートンFC所属のミッドフィルダー、Tim
Cahillの一挙一動に注目をし、一方でフォトグラファーたちは望遠レンズを付けたカメラで同選手のベスト・ショットを狙っていた。
しかし、本番前日のサッカルーズの最終トレーニングで、オーストラリア人の記者たちは、プレミアリーグのブラックバーン・ローバーズFCのミッドフィルダー、Vincenzo
Grellaに注目することになった。練習中に同選手が足を引きずりながらグランドから去ったためだった。そのため、記者の間では同選手の翌日の試合への出場、そしてチーム全体のフォーメーションへの影響についての憶測が飛び交うことになった。
サッカルーズの監督Pim Verbeekは、今回の試合では守備的なフォーメーションを敷き、GrellaとCarl Valeriの2人をボランチに、フォワードにCahillひとりを置くのでは、と一般的には考えられていた。そこで、記者たちはCahillを中盤に下げて、長身のJosh
Kennedyを前線に置く陣形を予測していた。
Verbeekは突然のプラン再考を強いられたが、少なくとも日本代表の監督、岡田武史にのしかかったプレッシャーのようなものはなかった。日本国内の一般サポーターの間で、岡田の結果不振に不安が高まっていたが、日本代表は入念な準備を重ねていた。そして、数日前に、2軍構成だったがフィンランド代表を5−1で破ったことから自信をつけていた。もし、オーストラリア戦を前に、選手たちが岡田にかせられたプレッシャーと同じものを感じていたら、サッカルーズを相手に、当日の試合前半のような素晴らしいサッカーはできなかったと思う。
Grellaが痛めたふくらはぎのフィットネス・テストをパスしたが、サッカルーズにはコンディションの良いそんな日本代表を相手に対抗できるカードがあまりにも少なかった。
試合開始から、日本のサポーターたちのフラッグやバナー、絶えることのない応援が、世界から熱狂的なファンが集まるW杯本番の会場のような雰囲気を作っていた。そして、そんなサポーターたちの応援にフォワードの田中達也が応えた。開始5分、田中は右サイド・ディフェンダーのScott
Chipperfieldの裏のスペースに走ってパスをもらうと、そのままサイドを独走し、早めに低いクロスボールを入れた。そのボールに玉田圭司がニアポストで反応したが、ボールは惜しくもサイドネットに外れた。対するサッカルーズは前半ロスタイム、前線を1人で任されていたCahillがペナルティエリアの外からミドルシュートを放ったが、ゴールキーパーの都築龍太の正面に飛び、簡単にキャッチされた。サッカルーズが日本のゴールを脅かしたのは、この試合でこの1回だけだった。
前・後半を通して、日本代表はボール支配率でサッカルーズを上回ったが、チャンスをゴールに結びつけることができなかった。それは、敗北は日本代表監督としてのキャリアの終結となる可能性が高かった岡田にとって、見ていられないものだったはずだ。日本代表はサッカルーズの守備の裏をかいた全てのチャンスで、ゴールマウスを捕えられず、普段であれば頼りになる中村俊輔のフリーキックでさえ、精度を欠いていた。そして、たとえ攻撃陣がサッカルーズのディフェンダー、Craig
MooreとNeillの裏をとったとしても、その後ろにはプレミアリーグのフルハムFCの守護神Mark Schwarzerが堅守しており、後半25分には遠藤保仁の強烈なシュートをスーパーセーブで止め、サッカルーズを救うという好調ぶりを見せていた。また、42分の長谷部誠のフリーからのボレーシュートが大久保嘉人に当たってコースが変わるなど、日本代表の最大のチャンスはことごとく無と化してしまった。
スコアレスの引き分けは、まさにサッカルーズが狙った結果であった。Cahillはたった1人で前線に残り、Grella、Valeri、Brett
Holman、Jason Culina、Mark Brescianoたちは、試合を通して、Cahillを前線に孤立させる指示を受けていたような守備的な動きをしていた。
最終的には、期待していたようなドラマはなかった。しかし、66,000人のサポーターたちは終始、日本代表への応援を緩めることはなかった。対照的に、オーストラリアのサポーターたちは、応援するチームを常に称えはしない。それは、もし応援しているチームが良いプレーをしても、ゴールに繋がらず、試合に勝たなければ、なおさらである。
試合後、オーストラリアの記者たちが試合のレポートを送り、両チームの記者会見が終わった時、岡田は慌しく責務に追われ、一方のVerbeekはバーレーン戦に続く運良く得た勝ち点を静かに噛み締めていた。過去にJリーグの大宮アルディージャや京都パープルサンガ(現・京都サンガFC)の監督経験を持つVerbeekは試合後、サッカルーズは今回の試合で日本に勝てるほどのサッカーをしておらず、勝ち点1を得たことで満足している、と語った。
寒い夜道を歩き、滞在している新横浜プリンスホテルに戻るオーストラリアの記者たちは、サッカルーズのプレーの質に不満を感じながらも、結果に対してはVerbeekと同じ考えだった。試合前には活気が溢れていた、交通量の多い横浜の道路の上を網目のように走る歩道橋は、この寒い夜と同じようにしんと静まりかえっていた。
日本での数日間を思い返し、今回の取材での体験の価値を改めて感じた。寿司を食べ、キリンやサッポロのビールを飲み、そして日本人の歓迎に圧倒された。しかしそれ以上に、生き生きと試合を観戦していた本物といえるサポーターの中にいる体験に心が躍り、その姿を見られたことだけでも、今回の取材の価値はあった。私たち記者たちのただ1つの願いは、AFCチャンピオンズリーグをとおして、オーストラリアのAリーグのサポーターが、日本人サポーターの熱狂的かつマナーの良い観戦をする姿に感化されることである。
オーストラリアの国民にとって、今回の試合は記憶に残るほどのものではないと思う。しかし、サッカルーズが勝ち点1をとったこと、または取材をしながら試合に興奮していたサッカー記者たちにとっては、記憶すべき戦いとなった。
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