「そうなんですよ。大事な書類を事務所に忘れてきてしまったのに気付きましてね。それも、運悪くあの店で楽しんでいる最中だったものですから。それで慌てて取りに戻ろうと思ったわけなんです。」
「なんだよ、兄さんもたいへんだねえ。」
ドライバーは僕の嘘に妙に納得しながら、金歯を見せて笑いました。
「それでお願いがあるのですが、15分ほどで戻ってきますのでもし迷惑じゃなかったら、待っていて頂けますか?なにしろ流しているTAXIもいないような所ですので、そうして頂けたら、またお礼のほうも別に考えますので。」
辺りは、うっすらと夜明けを迎え始めていました。ドライバーはフロントガラス越しに夜明けの空に目をやると、「もう、ここまで明るくなったら大丈夫だな」と独り言を言ってから、待つことを引き受けてくれました。
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「で、兄さん、15分待って兄さんが来なかったら“あっし”はどうしたらいいんで?」
「15分待って、僕が来なかったら一応ここに連絡してくれますか?」
僕はそう言ってから、ジェザのモーバイルのナンバーを書き写してドライバーに渡しました。 「それは僕のモーバイルのナンバーです。一応、帰る前に電話1本入れて下さい。」
「でっ、兄さん、そうなった場合、この50ドルのおつりの方は?」
「チップだと思って取っておいて下さい。」
ドライバーは上機嫌で車を走らせました。
やがて車は、空港に向かう幹線道路から外れて、赤いレンガの壁が建ち並ぶアレキサンドリアの倉庫街に入って行ったのでした。
つづく
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