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ドロップアウトの達人 Vol. 65
 

 皆さんにとってのこの1年、いかがでした?良いことも、悪いことも、いろいろあったことと思います。悪いことが続いた人には、12月31日でこのトラウマも終わるんだと考えてもらいたいですし、良いことが多かった人には、きっと来年もこのままいけるんだと考えてみたいですよね。皆さんの前には、無限の可能性が広がっていると言っても、過言ではありません。事に当たっては自分を信じ、自分を励まし、無理すること、背伸びすることなく、あなたに備わっている力を信じて、丁寧に、大胆にあなたという命を生き抜いてみて下さい。

ところで年末を迎えて旧ソビエト連邦の国の1つ、ウクライナ共和国が非常に不安定な状態になっていると、外国からのニュースが盛んに伝えてきています。ウクライナ共和国というと、貧しい旧ソビエト連邦の中にあって数少ない豊かな農業国、長寿の国という印象があります。そこで最近選挙が行なわれ、旧ロシア、現在のクレムリンを支持する側の候補者が選ばれたという話は、すでにあなたもご存知のはずです。そのことがどうして国を揺るがすような大問題に発展してしまったのかというと、選挙の開票に不正があったらしいのです。そしてもしも不正がなかったら、“西側より”のもう1人の候補者が当選していたらしいのです。ここからは、日本の新聞各社の論調をそのまま紹介しますが、「そのため、将来はユーロの仲間入りも踏まえた、自由への渇望をいだく民衆が蜂起して、現在は一歩間違えれば内戦も辞さないような、緊迫した情勢になっている」のだそうです。また日本の新聞各社は社説などを通して、「西側陣営はただちにウクライナの民主化を支持する行動を起こすべきであり、旧ソビエト連邦の赤いカーテンの向こうに、ウクライナの人達が再び引きずり戻されることの無いよう、目を光らせていなければならない」といった意見を、発表しています。

「選挙に不正があり、そのため、本来当選するはずの人が落選し、旧ソビエト共産党をバックにした候補が当選した、そしてそれに不満を抱く民衆が立ち上がった。」

ここでひとつ疑問を提起させていただきます。7月のある夜、たまたま空港まで乗り合わせたタクシーの運転手が、ウクライナからの移民でした。なんだ、またタクシー運転手の話かよと思わないで下さい。60がらみの白髪のその運転手は、スエードのジャケットにアスコットタイを締め、往年のマルチェロ・マストロヤンニ(カトリーヌ・ドヌーブの旦那さん、俳優)を髣髴とさせる高貴な雰囲気を漂わせた初老の白人でした。道すがら自然、どうしてお互い移民してきたかの話になり、そこで僕は運転手が実はキエフの近郊で300人以上の人を使う紡績工場を経営していたという話を聞くことになりました。

「300人?」

「はい、300人は働いていました。ところが、ペレストロイカでソビエト連邦が崩壊し、資本主義経済がウクライナにも入ってくるようになって、生活が一変してしまいました。共産党が権力を握っていた頃は、いろいろ厄介なこともありましたが、規則正しく工場の製品を購入することは守ってくれていました。そのため、労働者にもきちんと賃金を払えましたし、貧しいなりにも街にはお金が流れていたのです。ところが、資本主義が入り込んできてみると、それは資本主義に名を借りたロシアのマフィア達だったのです。彼らは始めに、労働者達に、スト権、賃金値上げの交渉権を説いて回ったのです。一方で、生産性の落ちだした工場からの品物に対しては、中国製などの安いものを引き合いに徹底した値下げを行ないました。必然、2年も経たないうちに私の工場は閉鎖され、キエフ郊外にある3つの巨大な工場に吸収されることになりました。その3つの工場ではおよそ20万人の労働者が働いておりましたが、そこで働き出して3ヶ月目にその工場群も閉鎖され、その間の賃金も支払われることなく、20万人の労働者とその家族は、冬の足音のするキエフの街に放り出されてしまったのです。しかも、彼らは旧ソビエト連邦に協力的だった私どものような有産階級を許そうとはしませんでした。そこでいよいよ身の危険を感じた私達一家は、その冬の間に国を捨てることを決心したのです。」

「ちょっと待って下さい。あなたは西側の資本主義が入ってきたことによって、国を捨てなければならなくなったのですよね?それなのに、どうしてその西側の国の1つ、オーストラリアへの移住を選ばれたのですか?」

「それは娘が医者だったからなのです。脳外科の執刀医を豪州が探していたということです。」

僕は以前このコーナーでも紹介した、イランから移民した運転手の話を思い出しました。あの時も今回も、直接体験をした人の話を伺った後で、それまでのイメージが簡単に壊れることを知りました。

「すると、ソビエトイコール悪という簡単な話ではないのですね?」

「もちろん、悪いこともたくさんありましたよ。でも、あまりの急激な変化というものも、あの頃の共産党と同じくらい住んでいる人達には弊害を産むものなのです。そういう意味では、劇的な変化、例えば今、中国で起きているようなことも含めて、そういうことは、極力避けるべきなのではないでしょうか。」

立ち入ったことを聞くようですがと前置きをして僕は話を続けました。 「今は幸せですか?」

彼は、ゆっくりと微笑みながら答えました。 「ええ、娘も昨年こちらの医師と結婚しまして、もうすぐ孫が生まれるんですよ。」

年が変わろうとしています。あの老紳士が今回のニュースをどんな気持ちで見ているのだろうかと、ふと思い出しながら、僕はやっぱり日本の新聞の社説よりも、あのおじいさんの言葉の方を信じるなと思ったのでありました。

今年もいろいろありましたが、来年もパースエクスプレス、よろしくお願いします。皆さん、どうぞよい年をお迎え下さい。

回答ZORRO

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