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フォトジャーナリスト宇田有三氏による衝撃ルポ

On The Road by.Yuzo Uda

Vol.212/2015/09


記憶と記録の交差点(6)—<Room 411>に暮らして(3・上)



On The Road by Yuzo Uda
民政移管後、ビルマ(ミャンマー)の人びと。特に若い女性たちの意識変化は大きい。肌の露出を恥ずかしがっていた時代が嘘のように、数百人集まるアマチュアのボディビルディングの大会で、鍛え上げた自分たちの体を披露する。


 午後からの数時間、ゲストハウスにチェックインする客はそれほど多くない。それにこの時間帯、宿泊客の多くは市内観光に出かけている。もっとも私は、一日で一番暑いこの時間、できるだけ外出を避けてゲストハウスで体を休めるようにしている。時に、暇を持て余して、ティンティンやカインゲーと親しげに話をすることもある。そんな時、女性マネージャーがじっと厳しい視線を私の方に向けているのが分かる。外国人男性とビルマ女性の間に、何か間違いがあってはいけないと異常に警戒しているのだ。こちらは、自分が軍政に潜入した取材者だけに、そんな気は全くない。私の滞在目的がこの国の実情を取材するジャーナリストと知ったら、ゲストハウスの従業員は警戒してしまって、誰ひとり私と親しく話をすることはないだろう。長期滞在する口実として私は、常々彼らにこう言っている。

 「日本でね大失恋して、心を癒すためにビルマに来たんだよ。もし可能なら、これからは、ビルマで嫁さん探しだよ」

 ゲストハウスの従業員たちは、どうやら、その話を本気で信じているらしい。だから、逆にマネージャーのチェックも厳しくなっているみたいだ。私もよほど、女性に縁がないと見られたか。それはそれとして、ビルマの人の性の意識はどうなっているのか。ちょっと、気になった。パゴダ(仏塔)に参拝に行くと、確かに数多くの若い男女が、「健康的なデート」をしている。知り合いのビルマ人女性に、聞いてみたことがある。

 「結婚前の婚前交渉ってあるの?」

 

 「そんなことあるわけないでしょ。ビルマの女性は、自分を厳しくしているから、結婚するまで、ちゃんと自分を守ってるのよ。デートだって、パゴダで正々堂々とするのが普通なんです!」

 「でもね、日曜日にカンドージ湖の公園に行ってみると、そんな風でもなかったなあ。それに、この間、人民公園に行ってみると、雨も降っていないのに、数え切れないほど傘の華が開いてたよ。傘の陰で、人目もはばからずキスしてるしなあ。ビルマも日本も、他の国も、男と女は変わりないと思うけど」

 「そんなこと、ありません。ビルマの女性の貞操観念は厳しいのです!」

 ティンティンは、ついこの間、彼氏と別れたところだ。現在、積極的に彼氏を募集中だという。別れた彼は今、数百キロ離れたマンダレーで仕事をしている。性格の良い人だったけど、どこか合わなかった、という。

 「なぜ別れたんだ?」

 「だって、ヤンゴンを離れてマンダレーに行きたくなかったの」

 そんな彼女も、できるだけ早く、新しい彼氏を見つけて、結婚したいと言い続けている。

 「どんな人がいいんだ」

 「まず、ハンサムな人。次に、お金を持っている人」

 「性格はどうでもいいのか?」

 「まあ、良い方がいいけど。でも、やっぱりハンサムな方がいいかな」

 「俺みたいのはダメ?」

 「もちろん、ダメ。当然じゃない。だって、お金ないでしょ、あなたは」

 カインゲーは目下、同時に3人の男性とつき合っている。そのうち、本命として誰を選んだらいいのか、真剣に悩んでいる。一番好きなのは、昔からつきあっているビルマ人の男性だ。結婚の約束もしていたようで、相手は2人で住むアパートも準備中だという。それなのに、どうやらそのビルマ人以外に、ほぼ同時に、ゲストハウスに常連客として泊まっている20代の若いアメリカ人と、退職した直後のカナダ人に言い寄られているのだ。

 「もしカインゲーにその気があるなら、ビルマにこれからも通って来る」。20歳代の若いアメリカ人からは、そう誘いを受けている。

 「昨日、帰国しているカナダ人の彼からも連絡があったの。ノートパソコンをヤンゴンに送ったから受け取るように、と」

 その50歳を過ぎたカナダ人からは、思いのほか、強引に迫られているらしい。

 「いったい私はどうしたらいいの?」

 他の客のいないロビーで2人っきりになると、話はその悩みのことばかりになる。外国人と結婚したら、外国に行けるかも知れない。今の仕事を辞めて、もっとやり甲斐のある仕事に就けるかも知れない。

 「自分の幸せを考えると何が一番良いと思うか」

 カインゲーは目をそらさず、訴えるように真剣な眼差しで問いかけてくる。確かに彼女は、有能で独立心が強い。英語も流ちょうだし、目下、日本語もこつこつと独習しているほどだ。絶えず転職を考え、ホテルの仕事が休みの日には旅行代理店や航空会社で面接を繰り返している。カインゲーは今、3人の関係が自分の中で整理できず、事態が勝手に進んでいるのをどう制御していいのか分からなくなっているらしい。


(続く)