ドロップアウトの達人 Vol. 66
 

 あまり新年早々理屈っぽいことを書こうとは思いませんが、もう少し付き合ってください。
 僕にとって、(僕の目から勝手に見た)日本の正月とこちらのクリスマスは、決して同じにはみえません。みたくても、そうみえないのです。たぶん、僕自身がクリスチャンでないからかもしれませんが、極論すれば、クリスマスの方が、お正月の方よりもより残酷な気がするのです。

 それはクリスマスというイメージが、キャンドルライトやクリスマスツリーのデコレーションに代表されるクリスマスイブからクリスマス当日までの夜型であるのに対して、お正月は三が日を中心にした初詣、お雑煮、カルタや凧揚げ、羽根突き(そんなものやってる奴なんてもういないけど)など、昼型の催し物だからなのかもしれません。

 必然、夜型の催し物には、好きな人と共に祈り、共に過ごしたいという気持ちが強く出てきますし、そのことはなにも一晩中裸で過ごすような恋人同士の話ばかりではなく、最愛の家族、あるいは親しい友達と過ごしたいという、個ではない複数の人間の単位の上に成り立ちやすい催し物である気がするのです。そのため、失恋したばかりの人や、家族や親しい人が周りにいない人達にとっては、クリスマスの間のやりくりほど切ないものはないはずなのです。

  一方のお正月はどうでしょう。
 年が改まって、失恋している人も、家族と離れてひとり暮らしている人も、仕切り直しをしやすいという点で、また、新たに希望を持ちやすい点で、はるかにクリスマスよりも平等な機会が与えられているような気がします。そう考えると、クリスマスというものはこれまでの1年の通信簿のような性格が強いような気がしますし、逆にお正月はこれからの1年の予定表のような性格が強いのではないでしょうか。
 うまくいえませんが、お正月の方が催し物としては万人向けにできている気がします。

 津波の被害が話題に上っています。12万人亡くなったらしい、このままでいくと20万人はくだらないだろう(1月6日現在)、など相変わらず安全な場所にいる我々は言いたい放題です。シドニーでは年末の花火大会は、アフガニスタンやイラクを爆撃していた昨年や一昨年と同じように盛大に行なわれました。
 1945年、沖縄で何十万人もの一般市民が殺戮されていた同じ頃に、米国では盛大な建国記念日が行なわれ、広島や長崎に原爆が落とされて数日後に、西側の国々では対日戦勝利の大祝賀会が開かれました。

 我々は今、そういった歴史の中で、今度は負け組ではなく勝ち組の側から世界を眺めることができています。「沖縄戦?原爆?アフガニスタン?イラク?津波?関係ねえよ」そうやって生きても一日、そうやって生きなくても一日なのです。
  誰だって、ずっと勝ち続けたいし、自分が勝ち進んでいる時に弱者のことなんて考えたくはないものです。でも、その辺のバランスが取れて、少しでも視野の広い生き方、人を思いやる気持ちが持てたなら、その時初めてあなたが今、このような安全な場所に、勝ち組に属しているということにも、価値を見出せるのではないでしょうか?

 その辺のことをよーく考えて、今年もちゃんと勉強するんだよ、 ということで、また来月。

回答ZORRO

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