ドロップアウトの達人 Vol. 55
 

 ブッシュのことを、長男のハイスクールでは以下のように表現している。
  「W?」(ダブリャと発音する。ジョージWブッシュのWを指す。)
  「NICE GUY!」(W?の問いのあとに、間髪入れずに誰かがナイスガイ!と合いの手を入れる。)
 日本語に直訳すると、「ブッシュ?」「最高だよ!」となるのだが、間髪を入れずナイスガイというところに、脳天気、軽薄、子供っぽいお人好し、これ以上話題にする価値が無い人間、という意味が隠されている。もう一つ、Wをダブリュウと発音せず、ダブリャ?と茶化すところに、テキサスの田舎からのおっさんという意味も込められている。で、そのダブリャがテキサスの牧場でクリスマス休暇を過ごすふうに装いながら、ある晩、正体不明のバンに乗って、空軍基地まで行ったのであるが、その時、そのバンが街の赤信号に止まったそうなのである。
 父親が元大統領で上院議員、自分自身も親父の大票田からテキサス州知事、上院議員を歴任し、現在ホワイトハウスに座るダブリャにとっては、冗談抜きで、最後に赤信号に止まったのは一体いつだっただろうと考えてしまったに違いない。そして、そのことを臆面も無く口にしてしまうところが、ダブリャのナイスガイたる由縁なのである。
 ダブリャが隣人だったら、きっと温かくて、世話好きで、人に幸せをたくさん分けてくれる人なんだろうと思う。だから、ダブリャを好きか嫌いかと言われれば、好きな人間であると答えたくなるのだが、彼は現在、うちの隣りに住んでいるおじさんではなくて、アメリカ合衆国の大統領なのだというところに、この話の落ちがあるのである。

 靖国神社参拝をはじめ、アジアの国々から、日本は決して精算をしない国であると言われて久しい。「日本から去っていく全ての友へ。屈辱感、挫折感を持って日本から去っていかないで欲しい。もし去っていくなら、これまでの苦悩を、ほんの数時間、数日間でも、自己の良心に、人間性に従い、闘ったという誇りと勇気を持って去っていって欲しい。そうするなら、君の青春は無駄ではなかったろう。そして、君の第二の人生も、君自身が切り開こうとするなら、必ず君を待っているであろう。」
 この文章は、60年代の学園紛争で日大全共闘10万を率いた秋田明大が、獄中で書き記したものである。オリジナルは「日本」と書かれた部分がすべて「日大」になっている。
  人は彼らをして稚屈であったと言う。それでも、この原稿を読んでいるあなたが今、50代半ばで(バリケード封鎖の経験があり)、人の上に立つ立場であるのならなおさら、あの頃の自分が持っていたその稚屈な情熱を、あえて検証する必要があると思う。精算してみる価値があると思う。そういう努力をしないまま、あなた達リーダーが黙って“ナイスガイ”にくっついていくことだけは、辞めて欲しいと切に願う。それでは、いつまでたっても、誰も我々日本人を尊敬することは無いだろうと思う。

 今、この原稿を書いている1月の終わりに、前述の長男は修学旅行の最中である。長男の学校では、日本のような全員参加の修学旅行という制度は無い。その代わりに、希望者が積み立てて、自分たちでいくつかプランしたコースに自由参加出来るようになっている。そのプランの中で長男は他の14名とともに、インド、ネパール行きを選んだ。期間は4週間で、カルカッタから鉄道とバスを利用して、ネパール国境の村に入り、そこで、10日間、ボランティア(学校の授業を手伝ったり、井戸掘りを手伝うなどの肉体労働をしたり)をしてから、4000メ−トル級の稜線を8日間かけてトレッキングし、往路の逆をたどってカルカッタに戻り、空路シドニーに帰ってくるというものだ。
 その長男から一度、インターネットを通してメールが届いた。メールを発信した日、彼ら一行はネパールの村にいたらしい。「村の小学校で、子供たちとサッカーボールを蹴っていた時のことです。誰かが蹴ったボールが誤って谷川の方に転がっていってしまいました。足場も危なそうなので、僕が取りに行くことにしました。20メートルほど急な斜面を降りていくと掘っ立て小屋が立っていました。そしてサッカーボールを持ったひげの濃い民族衣装をまとった男が僕と目が合うなり、ボールを隠したかと思うと、両手に刀のようなものを持ち出してきました。『それ、僕のボールだから返してよ』と話しかけると男は返事をする代わりに次の瞬間、狂ったように両手に握った刀を振り回し始めました。はじめ何が起きたのかわかりませんでしたが、そのうち上で見ていた子供たちが一斉に笑い出したので、僕はそのままグラウンドの方に引き返すことにしました。たぶん、僕のサッカーボールはまもなくその男の食卓に上る食べ物に交換されるんだろうと思います。今、夕暮れのカンチェンジェンガ(8000メ−トル峰のひとつ)が、ベランダの向こうに見えます。僕のほうは順調です。ご心配なく。」

  旅に出る、日常を捨てる、その行為の中に若者にだけ許される数少ない特権が隠されている。30年前、秋田明大の残した言葉にも、そんな若者達の飾らない息遣いが確かに残っている。みんな、若いうちはいっぱい冒険しようね、ただし赤信号だけはちゃんと止まるんだよ、ということで今月はここまで。

回答ZORRO

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