ドロップアウトの達人 Vol. 51
 

 そうですか。狭い所、例えば、飛行機の機内なんかで頻繁にトイレに行く人っていますよね。それがどうして起こるのか、僕には答えられそうに無いので、これを読んでいる人で、誰か詳しい人がいたら連絡下さい。
  この質問を読んでいて、僕も自分自身の癖について考えてみました。実は先日、下の息子を連れて日本に里帰りをしてきました。その時、知らず知らずのうちに、嘘をついている自分に気付きました。嘘をつくことが癖と言えるのかどうかわかりませんが、懺悔の気持ちを込めて、ここに紹介しておきます。

 うちの下の息子は、現在小学校の6年生です。身長は、すでに170cmを超え、帽子をかぶり、サングラスなどをかけて黙っていると、十分に高校生あたりに見えてしまいます。
  僕がはじめについた嘘は、成田空港に着いた直後のことでした。僕達は僕の実家のある東京に向かうために、エスカレ−タ−で地下に降り、そこで成田エクスプレスの乗車券を購入しました。成田エクスプレスの乗車券は、全席座席指定の為、窓口で買わなければなりません。当然、僕達親子も窓口の人に行く先を告げて、乗車券を購入するのですが、その時僕は「大人と子供、1枚ずつお願いします。」と付け加えたのです。
  日本では小学生までが子供料金ですので、事実を申し述べただけなのですが、乗車券を発券する駅員の目には、どう考えても僕のとなりの、帽子を目深に被り、サングラスをかけている息子が小学生には見えないのです。けれども、日本の昨今の風潮から、改まって「あんたね、いくらなんでも、その子は子供じゃないでしょう?」みたいなことは言ってはいけないのか、言ったら後が大変なのかわかりませんが、そういう問題提起は誰も口にしない。そのかわりに、じっと僕を見つめる彼の瞳の中に「お金が無いんでしょう?しょうがないなあ。今回だけですよ」という暗黙の許しの色が、色濃く浮かび上がってくるのです。そこで僕が「何言ってるんだ、あんた。」とパスポートを見せさえすれば、駅員も「いや、失礼しました」ということになるのでしょうけれども、僕はそこで嘘をついてしまうのです。すなわち、「すみませんね。お手数おかけします。」と彼にだけわかるように、そっと目で応えるのです。すると、くだんの駅員は「まあ、いいですよ。でも、世の中には私のような善人だけじゃないんだから、こんなこと繰り返さない方がいいですよ」という表情を浮かべながら、勝ち誇ったように「はい、大人1枚、子供1枚ね」と言葉に出して切符を渡してくるのでした。それはその後の、お墓参りに行った郊外の路線バスを降りる際にも、また息子と出掛けた平日の多摩テック(遊園地)でも、皆、誰も口にはしなかったけれども、江戸時代の関所の気持ちの広い役人のように「今回だけ、勘弁してやろう」と顔に書いていたのは、言うまでもありません。
 じゃあ、どうして僕はその時いちいちパスポ−トを提示して、説明しなかったのでしょう。答えは、面倒くさかったからなのです。それと、それぞれの職場で、プロとして働いている人達が「このやろう、チケットをごまかして買おうとしているな」と僕達を見切っているのです。そして「しょうがないなあ、でも不景気だし、こんなみすぼらしい親子を折檻したところで、俺様には何の利益があるわけでもない。それならここはひとつ、大岡越前のような太っ腹な捌きでも見せてやって、反省をうながすということにしよう」ということになるみたいなのです。

 こうして、彼らは僕達親子を見逃すことによって、少し人間として良いことをしたという、誇らしい気持ちになる。一方で、僕の方も、パスポ−トを取り出したり、余計な口論を避けることになるわけですから、彼らからの好意をそのまま受け入れることのほうが簡単ですし、しかも人を幸せにしているみたいだから、何も問題ないんじゃないかと思えてくるのです。するとそこには、はじめに述べました嘘が発生するという図式が成立するというわけなのであります。
 このことは、もう15年以上も前にシドニ−に入植して以来、乗り合わせるタクシ−の運転手に「おまえはベトナム人だろう?」と言われれば「はいそうです」と答え、「おまえはマレ−シア人だろう?」と言われれば、「良くわかりましたね」と答え続けた自分の性格上の癖と、なんら変わらないことなのです。そう答えることによって、乗車直後の硬い車内の雰囲気が、みるみる和み、「おれは、こう見えて、人を見分けるのが得意なんでね」などと、運転手が誇らしげに話し続けるのを見るにつけ、僕も余計な気配りをする必要から逃れることが出来、一挙両得となるのであります。でも、嘘はいけないことくらいわかっているつもりです。それでも、わかっていても、やめられないですから、やっぱり僕にとっては、癖のひとつなんじゃないかと思います。

 なんか今月は、手抜きをしたような、つまらないことを書いてしまったようで心苦しいことこの上ないのですが、これに懲りずに来月もまた、質問の方、よろしくお願いいたします。

回答ZORRO

このコーナーでは、皆さんが日常生活において、感じ、思い悩んでいることについてご相談を承ります。是非、パースエクスプレスまでE-mailでお送り下さい。
E-mail: perthexpress@nichigonet.com



This site is developed and maintained by The Perth Express. A.C.N. 058 608 281
Copyright (c) The Perth Express. All Reserved.