ご存知の通り、本来オーストラリアは、屋内で靴を脱ぐ習慣のない生活スタイルをもつ。したがって、家に帰るなり「くはーっ、疲れた。あ、ビール冷えてる?ついでに枝豆とかある?」とか言いながら、どさーっと鞄を放り投げて、床にべろーんと寝転がることは、海外でもかたくなに日本式生活様式を貫き通している人以外はあんまりないと思われる。
 さて、ある日仕事がめずらしく昼過ぎに上がって帰宅してみると、家に誰もいない。どうやらカミさんは、息子の恵蘭を連れて買い物に出かけているらしい。「うーむ」とりあえず床に散乱する恵蘭のおもちゃを蹴り片付け、足元に敷かれた赤ちゃん用ブランケットをきれいに広げ直す俺。
 その日は冬晴れ、外は寒いが部屋にはポカポカと太陽が差し込んで、暖かな小春日和の様であった。ところで、俺様の方程式としては「ポカポカ+毛布=ゴロ寝」である。そこで当然のことながら、俺は何も考えずに赤ちゃん用ブランケットの上にずりずりと体を横たえることとなった。
 感想は...うーむ...。いや、なんつーか、気持ちいいんだけど何か違うんだな。楽チンなことに変わりはないんだけど、どーも気分が違うのは、やっぱりこの赤ちゃん用ブランケットがあるからに他ならないのだ。それはなんというか、大人の俺様が赤ちゃんの聖域を汚してしまった様な罪悪感と、何か懐かしい様な妙な安心感が入り混じった複雑な感じなのだ。
 そうだ、どうせだからちょっと声でも出してみるかなー、といつもの恵蘭の姿を思い出して仰向けのまま声を出してみる。「あー、うー…」うーむ、ちょっとイイぞ!? そうなのだ。どーせここに寝ている時点で誰がなんと言おうと今オレは立派な赤ちゃんなのだ(とりあえずそう言うことで決定)。どうせ誰も見てねーしな。まあ、とにかく赤ちゃんモードに入るのはなかなか悪くない気分だ。あえて言えば、なんか脳みそが完全に溶けたみたいな感じ...かな(笑)。
 そこで今度は、「よし、赤ちゃんになるからには、まず行動から理解せんといかんな」と、赤ちゃんと同じ様に寝転んだままで無理やり近くのソファーテーブルの上に手を伸ばしてみる。そしてソコに置いてあった缶ビールをプシュ...あーダメだダメだ!もー何やってんだ俺!
 気を取り直して、次に赤ちゃんと同じくうつぶせで首だけグイッと起こした体勢&寝転がって逆さまになった状態でテレビを観る。ハッキリ言っておくが、床に転がったままキャビネットの上のテレビを長時間観つづけるのは非常に疲れる。よくウチの小坊主はこんな状態でテレビ観て疲れないものかと不思議になるよ。 「じゃあ今度はちょっと転がってみちゃおっかなー」と背中から後ろ向きに寝返りを打った瞬間、「ゴキ」。ナチュラルテイストを存分に生かしたすばらしく堅い木のおもちゃが俺の背骨を直撃。「チョエエエエエエエッ!!」不意をついた激痛にのけぞった勢いで、今度は「ゴンッ」と頭をソファーテーブルに直撃。「ううう、いてぇ...」、うっすらと涙目でさかさまになったままの俺の目には、いつもとはまったく別の景色、まさに赤ちゃんの見ている世界が映っている。しかし、目の前に見えるのが椅子やテーブルの足に靴のつま先ってのも、なんか実に滅入る世界だが、とりあえずそれは一旦置いといて、とにかくそのまま手足を伸ばしてゴロゴロと転げまわってみる自分に「うーむ、自分でも中々赤ちゃんぶりが堂に入ってきたぜ。ふふふ」とちょっと満足してみる。
 さて、次は「おもちゃ食い」だ。赤ちゃんはとりあえず何でも口に入れるからな。やはり、その気持ちも確かめなくては。で、俺は仰向けになったままで赤ちゃんとまったく同じように、床に転がるプラスチックのおもちゃを掴んで持ち上げると、おもむろに口に入れてみた。
  「あら、アナタいつ帰ってきたの?」「えっ...?」 音もなく帰宅して、恵蘭を抱えたまま俺の後ろにたたずむカミさんと、床に転がっておもちゃを口にくわえたまま見つめあう俺。父親として、そして夫としての威厳が復活できるのはいつの日か...。


 


★子供の視線で感じることというのは時にまったくの別世界だ。だから逆に「これは危ないな」とか「ハハァーン、これで安心するのか」とか新たな発見も多いので、これは父親としては是非体験してほしい。いやいや、もちろん大抵の親は赤ちゃんと一緒に遊ぶ為に当然床に膝を着いたり寝転がったりしていると思うが、ここで俺が言っているのは、あくまで赤ちゃんの視点になりきることなのだ。だから赤ちゃんと遊んであげているお父さんではなく「お父さんに遊んでもらっている赤ちゃんの視線」、ココにこだわってみてほしい。おしゃぶりでもくわえてみればさらに気分が出るかもな。ただし、コレが癖になっても俺は知らん。




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