「昨日変な夢見たから今日生まれるかも」と、とんでもないことを言うカミさんに「へーへー」とテキトーに相槌を打ちながら出勤した日、「さっき破水したの。病院に電話したら来いってさ」と連絡が。慌てて仕事を全てほっぽりだして帰ったら、なんと本人は1人で洗濯物を取りこんでいたのでちょっとコケた。そしてとりあえず車で病院へ。
しかぁーし!! 実は病院についてからが大本番だったのだ。
出産方法はいろいろある様だが、いずれにせよ陣痛と分娩の痛みというのは男には想像もつかないくらいスゴイらしいから恐ろしい。しかも1年近くも前から「はい、問題がなければ確実にやりますよ」言われているのだから、これが子供を産むためじゃなかったら、もう単なる拷問だよ。
とにかく、カミさんが苦しみもだえる間、それを黙って見ている以外に男には何も出来ないのだ。そして背中をさすれば「触らないで!」隣でスナックを食べれば「ここで食べないでよ!」、出て行こうとすると「どこいくのよ!ちゃんと側にいてよ!」・・・なにせ相手は激痛と戦っているのだから仕方がない(コレがカミさんじゃなかったら俺はとっくにムッとして帰ってるぞ)。
そして、いよいよ出産。オーストラリアは立会い出産が普通なのだが、医者の邪魔にならないように気を使って後ろの方で見ている俺に「ハイ、ダンナさんこっちこっち。側にいて力む時に頭をぐいっと前に押してあげてくださいね」と助産婦さんが手招きする。「ハ、ハァ・・・。じゃあ、こ、こうっすか?」「そうそう。じゃそろそろいい?」。いよいよ始まった!力みまくるカミさん。頭が見えたぞ!がんばれカミさん!そして最後にうーんと大きく力む!
ポンッと赤ちゃんが出て「ウギャアアアアア」と大きな産声を上げた瞬間、なんだかすごく不思議な感覚だったなぁ。こんなに小っちゃくて生まれたばかりの血みどろの自分のコピーが、目の前で必死に生きようと強烈に産声をあげているのだ。思えば10ヶ月もじらされてきた相手だけに「お前だったのかよ〜!!」といった感じ。何か長年のライバルと初めて直接対決するようなうれしさとでも言うか(ちょっと違う?)。
そして「ハイ」と医者が突然俺にハサミを手渡す。「え?」「切るでしょ?へその緒」「はあ・・・じ、じゃあ・・・」とへその緒カット。こんな事なら、真っ赤なリボンのついたハサミでも用意してくればよかったよ。で、医者にハサミを返すと「ホラ、赤ちゃんが初めて世の中に出てきたんだから、スピーチしなきゃ」「は?スピーチ・・・えーと、ハ、ハロー」そこでカミさん「ちょっとアンタ、もっとなんか言えないの!?」「じゃあ、ウェルカム」(バカ!俺はあまりの感動とパニックでそれどころじゃねえんだよ!)。
ついに「ハイ、おめでとう」と、生まれたばかりの自分の分身をポンと渡されてこの手に抱くこの時ほど、生命のすばらしさに心打たれる事はない。おっと、忘れないうちに。「あのー、へその緒欲しいんですけど」「え?いいけど、何すんの?」と超不審そうな顔の助産婦さん。「いや、日本の習慣で・・・」「へーそうなの。いいわよ、じゃコレ」と彼女が渡してくれたへその緒は「生」。しかもかなり長い。そして、現在ぐるぐるとトグロを巻いて自家乾燥させたへその緒は、大切に棚の上に展示してある(つーか忘れてた)。
それから数ヶ月後の今、息子は日本人として出生届も出して、予防接種も経験。生まれる前まで心配に心配を重ねた結果が「キャッキャッ」と笑い声をたてているのを見ると「父親としての責任」とか「一家の収入源」なんてのは、もうどうでもよくなるくらい可愛い。たとえゲロだらけにされても、全力で顔に向かってクシャミされても、おしっこをひっかけられても「俺の赤ちゃんは世界一かわいい。カミさんは世界一エライ!」。胸を張ってこう言えるのが父親になった男の世界一の幸せなのだ。誰がなんと言おうと。
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<役立つ用語集③>
・Hepatitis-肝炎
・Labour-分娩(赤ちゃんを生むこと)
・Linea Nigra-妊娠線(妊婦の腹部表面に現れる青赤色の線。太ももや乳房に出来る事もある) ・Miscarriage-流産
・Morning Sickness -つわり(妊娠の初期にみられる症状。空腹時に気分が悪くなったり、嗜好の変化、食欲不振などが起きる)
・Natal-出生(赤ちゃんが生まれること)
・Ovum : 卵子(受胎していないもの)
・Perineum-会陰(赤ちゃんの出口近くの筋肉のこと)
・Pre-eclampsia-高血圧により母子共に危険な状況になる症状
・Syphilis-梅毒(感染病の一種)
・Swelling-むくみ
・The Show-出産一週間ほど前に見られる「おしるし」
・Ultrasound-超音波
・Uterus-子宮(胎児の部屋)
・Quickening-子宮の中で胎児が動くこと
・Womb-子宮
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