日本語医療センター

パースエクスプレス Vol.198 2014年7月号 掲載


当コーナーで一般読者からの医療に関する質問に答えていた千綿真美さんが、自身の体験を3回に渡ってお届けします。今回は、その2回目です。


「乳がん」と「私」(その2)

 手術が終わり、もうろうとした状態で目覚めた私は『あーっ、終わったのか? とりあえず、目が覚めてよかった』と思いました。ドクターからは「リンパへの転移はありません。すべて問題なく取り除きました。後は、病理検査の結果を見てからにしましょう」と言われ、少し安心。

 入院は1週間でした。驚いたのは、同じように手術している人が、何人も同じ病棟にいたこと。みんな、同じような管をぶら下げて病棟を歩いていました。そんな患者さん達の姿を見て、こんなにたくさんいるんだと驚きました。同じ病室の隣にいた彼女は私より若く、幼い子どもが2人いて、話を聞いたところ、ここ1年ほど乳がんで闘病しているとのこと。化学療法、放射線療法もこなしていたものの、今回は肺に転移があって、その手術を受けたということでした。

 帰宅してからの約1ヶ月半は、車の運転も仕事も家事もできず、また痛みであまり眠れず、家にこもって、心身ともに一番つらい時期でした。がんと言われてから手術、入院中までは全てがめまぐるしく、考える間もなく進んでいました。なので、家で何もできずにいる状態になって初めて、気分が沈んでしまいました。そんな時、たくさんの友人達のメッセージ、花束、差し入れ、子ども達の世話や家事の手伝いには、本当に救われました。

 幸い、病理組織検査の結果は悪性度も一番低いものであり、浸潤もみられないということでした。今後、化学療法や放射線療法は不要で、再発予防のために5年間のホルモン療法のみで良いとのことでした。

 術後の経過も良好で、術後2ヶ月経った頃から、今度は乳房再建術に向けての準備や処置が始まり、6ヶ月後、その手術となりました。再建にこんなに時間がかかるとは知らず、他のがんと違って、乳がんは摘出後も外見上の問題があるため、“切って終わり”というわけにはいかないことを実感しました。

 あれから約1年過ぎ、現在はホルモン療法の副作用に少し悩みつつも、胸の傷も薄くなってきて、普段通りの生活が送れることがいかに幸せかとということを感じています。私自身、看護士として12年、医療通訳として11年、患者さんの手助けをしてきましたが、まさか自分自身が40歳そこそこでがんになるとは、考えたこともありませんでした。

 忙しい40代。多くの人が、仕事と子育てに追われる日々を過ごしています。ひどく具合が悪くならない限り、病院に行くこともなく、健康診断があるとわかっていても、ついつい先延ばしているのではないでしょうか?

 オーストラリアでは、日本のように健康診断や人間ドックを定期的に受けるようになっていません。大抵は、自分でドクターにかかり、この検査をしたいと相談した上で行います。現在、様々ながんの罹患率、死亡率はともに増え続けていますが、その生存率も医療の発達に伴い、発見が早期であればあるほど高くなっています。特に、乳がんの生存率は高いものです。

 しばらく検診なんてしていないという方、“忙しい”を言い訳にせず、自分自身のため、家族のためにチェックを受けて下さい。次回は「乳がん」を中心とした検査や健康診断についてご紹介します。

(続く)

  • 病理検査(びょうりけんさ)…患者から採取した臓器、組織、細胞などを詳しく調べること。
  • 浸潤(しんじゅん)…がん細胞などがからだの組織内で増殖してしだいに広まっていくこと。

回答者:日本語医療センター
マネージャー 千綿 真美さん

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